題しらす よみ人しらす
あまのはらふみととろかしなるかみもおもふなかをはさくるものかは (701)
天の原踏み轟かし鳴る神も思ふ仲をば裂くるものかは
「題知らず 詠み人知らず
大空を踏み轟かす雷も思う二人の仲を引き裂くものだろうか。」
「ものかは」は、連語で「もの」は形式名詞、「か」と「も」は共に終助詞。全体で、反語を表す。
広々とした大空を踏み轟かして神が暴れ回っています。しかし、脅えることなどありません。こうして愛し合っている二人の仲を裂くなんてことは、あの雷にだってできません。大丈夫です。私が付いています。
平民の家での逢瀬だろうか。家の作りが簡素なために殊更雷の音が気になるのであろう。ならば、身分違いの恋である。そんなこともあり、女は脅え、作者自身も不安になる。許されない恋に神が怒っているのかと。そこで、それをこう言うことで自らを奮い立たせつつ、この恋は神にも負けないのだと言い、女を安心させている。
この歌は、〈平民の家での雨夜の逢瀬。雷が鳴り響く。男は、不安を感じつつも脅える女を抱きしめ、語りかける。〉そんな緊迫感が伝わってくる。作者は、雷を、この恋が本物であること、この恋に掛ける思いの強さを言う材料にしている。上の句で状況を表し、下の句で心情を表す。すっきりした構成である。また、「ものかは」の反語が作者の強い思いを表している。編集者はこうした点を評価したのだろう。
コメント
身分違いの恋。簡素な家での逢瀬。男は人目を忍んでやって来たのでしょう。激しく鳴る雷に、神の怒りに触れたかと不安を覚える2人。しかし、その愛は本物で、やがて雷は2人を励ます神の祝砲へと変化するかも。。
「本物の愛」が伝わってきて、後味の良い歌ですね。
紫式部は、この歌を本に『源氏物語』(夕顔)の「ごほごほと鳴る神よりもおどろおどろしく轟かす雁の音も枕上とおぼゆ。」を書いたのかも知れませんね。想像力を刺激する歌です。
文の形で贈られたものと言うより、今まさに雷の鳴る中、天をも裂く雷神、私たちを裂くことが出来ようか、ほら、分つことなんて出来ないよ、と女の耳を手で塞いでやっている様子が目に浮かびます。きっと男だって畏れはあるでしょうに、格好つけてみせているのでしょうね。神をも恐れない姿、女も素直に頼もしいと思うのでしょう。表現がストレートで怖いもの知らず。若い。
雷の轟く音に女のおびえる女。その状況さえも巧みに利用してしまう。「吊り橋足効果」ならぬ「雷効果」。まさに、抱きしめた耳元で囁いたのでしょう。モテる男はこうでないと。