《見送る人への挨拶》

山さきより神なひのもりまておくりに人人まかりて、かへりかてにしてわかれをしみけるによめる 源さね

ひとやりのみちならなくにおほかたはいきうしといひていさかへりなむ (388)

人やりの道ならなくにおほかたは行き憂しと言ひていざ帰りなむ

「山崎から神奈備の森まで見送りに人々が下って、帰りにくがって別れを惜しんだ時詠んだ 源實
人に命じられた旅ではないのだから、一般問題としては行くのがつらいと言ってさあ帰ってしまおう。」

「ならなくに」の「なら」は、断定の助動詞「なり」の未然形。「なくに」は、接続語で原因理由を表す。「いざ」は、感動詞。「(帰り)なむ」の「な」は、完了の助動詞「ぬ」の未然形。「む」は、意志の助動詞「む」の終止形。
山崎から神奈備の森まで見送りに人々がやって来て、京に帰りにくがって繰り返し別れを惜しんでくれるので、それに応える。
私の旅は官命で止む無く行く旅ではないのだから、行く行かないは、自分の意志でどうにでもなります。これほど皆さんが別れを惜しんでくれるなら、通り一遍には、行くのがつらいと言って、さあ帰ってしまおうということになるのでしょうね。
別れを惜しむ人々への挨拶である。そんなに別れを惜しんでくれるのなら、もういっそのこと京へ引き返そうかと言うのである。もちろん、行くことに変わりはない。自由意志の旅ではあるけれど、行くだけの理由がしっかりあるのだろう。けれど、揺れる気持ちを示すことで人々の気持ちに応えたのである。

コメント

  1. すいわ より:

    別れを惜しんでどこまでもどこまでも見送ると言ってついて来てくれる人々に、「誰に命ぜられて行くわけでもない、そんなに皆が言ってくれるのならこのまま一緒に帰ろうかと普通なら言うところだけれど、、」と濁して先へと進む意思表示をするのですね。それと同時に、いくら見送りとはいえ、都から随分遠く離れてしまった人たちに帰るきっかけを作ってやったのでしょう。心配りを欠かさない人物だから見送りの人数も多かったことでしょう。

    • 山川 信一 より:

      こうしてみると、離別は一種の行事ですね。それを口実にみんなで楽しんでいたのでしょう。歌のやり取りはメインイベントだったようです。

  2. まりりん より:

    出発を見送ってくれた人々に対して気を使って、お礼の気持ちが込められていますね。

    作者はちょっと厄介な病気で上官からの命令で湯治に行くのかと思っていましたが、そうではないようですね。
    筑紫まで行かなくても、別れを惜しんでいる間に神奈備に宿っている神々が、病気を治してくれたら良いのに。。

    • 山川 信一 より:

      筑紫までの温泉旅行は、病の湯治のためでしょう。しかし、旅行の口実だったのかも知れません。本当に体が悪ければ、そんな長旅に耐えられないはずですから。やり取りに余裕が感じられます。行く方も見送る方も離別を楽しんでいるみたいです。

  3. まりりん より:

    帰るきっかけに歌を、、なるほど、粋なはからいですね。気配りのできる素敵な方ですね。

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