昔、心つきて色好みなる男、長岡といふ所に家つくりてをりけり。そこのとなりなりける宮腹に、こともなき女どもの、ゐなかなりければ、田刈らむとてこの男のあるを見て、「いみじのすき者のしわざや」とて、集りて入り来ければ、この男、逃げて奥にかくれにければ、女、
荒れにけりあはれいく世の宿なれやすみけむ人の訪れもせぬ
といひて、この宮に集り来ゐてありければ、この男、
むぐら生ひて荒れたる宿のうれたきはかりにも鬼のすだくなりけり
とてなむいだしたりける。
この女ども、「穂ひろはむ」といひければ、
うちわびておち穂ひろふと聞かませばわれも田づらにゆかましものを
昔、ふと思いついて(「心つきて」)色好みな男が、長岡というところに家を作って住んでいた。(気分を変えようとしたのだろうか?)その隣に住んでいた皇女たち((「宮腹」)で、これといった欠点もない(「こともなき」)女たちが、田舎だったので、田を刈ろうとして、この男が外にいるのを見て、「大層な色好みの仕事ね。」と言って(からかって)、集まって男の家(「宮」)に入って来たので、この男は逃げて奥に隠れてしまったので、女が、
〈荒れ果ててしまったことですねえ。ああ(「あはれ」)、この家は幾世代経ってしまった家なのかしら。住んでいただろう人が訪れることもないわ。(だから、来てあげたのよ。)〉
と言って、この家に女たちが男の家に押しかけて居座ったので、男が、
〈雑草(「むぐら」)が生えて荒れてしまった家の嫌なところ(「うれたき」)は、一時的にせよ(「かりにも」)、鬼が群がり集まる(「すだく」)ことだと気付きました。〉
と言って歌を差し出した。(女たちを「鬼」にたとえてやり返した。)
この女どもが「落ち穂を拾おう」と言ったので、
〈あなたたちの生活が苦しくて落ち穂を拾うと聞いていたなら、私も田んぼに行って一緒に落ち穂を拾ったでしょうに。〉
(「ませ・・・まし」で反実仮想を表す。あなたたちだって落ちぶれていますねと言って、仕返ししている。)
女も集団になると、言いたいことを言う。いつも変わらぬ風景である。女子校の男性教師はさぞかし大変だろう。
コメント
先生、こんばんは。
皇女が田んぼや落ち葉拾いをしてるのは落ちぶれて田舎に逃れてきたということですか。そこに田舎ぐらしをするのに男が隣に越してきたという背景なのですよね❓
男も逃げないで仲良く話をすれば良かったのに。
そうすればこんなお互い嫌味な歌を読まないで仲良く助けあって暮らしていけたのではと思うのですが。
女は集団だとほんとに怖いものなしですよ。
最強の生き物ですからね。
「宮腹」を一応皇女と解しました。ただ、実際は皇女の末裔でしょう。昔長岡には都があったこともあります。その時の子孫が住んでいたのでしょう。
男がそこにやってきたのです。女が集団でからかいながらやって来たので、圧倒されてしまったのです。
何事も自分のペースでしたいものです。いい女でも、こういうのは受け入れられなかったのでしょう。
先生、教えていただきありがとうございました。
圧倒されて逃げちゃったんですね。確かにいい女でも集団になると大変な人たちに変身しちゃいますからこわいですものね(~_~;)
だから、女子校の先生は大変なんですよ(笑)!
もの侘しい、静かな環境に身を置くべく転居したでしょうに、どしどしと、そんな風に人の家へ押しかけてしまうものなのでしょうか?確かに、田舎の方が人と人の距離は近いかもしれないけれど。男でなくても逃げこもりたくなります。軽々に悪口を言うあたり、男の方は直接に女たちに「鬼」なんて言うあたり、ごく近しい関係の、いとこぐらいの間柄で戯れあっている様な、遊びを楽しんでいる様な印象を受けました。恋する関係、からは遠そうです。
男は、女たちに圧倒されたことがよほど悔しかったのでしょう。
二首も歌を詠んで仕返しをしています。ただ、憎まれ口をききながら、それでも恋のきっかけは探しているのでしょうね。