おもひいでぬことなくおもひこひしきがうちに、このいへにてうまれしをんなごのもろともにかへらねばいかゞはかなしき。ふなびともみなこたかりてのゝしる。かゝるうちになほかなしきにたへずしてひそかにこころしれるひとといへりけるうた、
「うまれしもかへらぬものをわがやどにこまつのあるをみるがかなしさ」
とぞいへる。なほあかずやあらむ、またかくなむ、
「みしひとのまつのちとせにみましかばとほくかなしきわかれせましや」。
わすれがたくくちをしきことおほかれどえつくさず。とまれかくまれとくやりてむ。
思ひ出でぬ事無く思ひ恋しきがうちに、この家にて生まれし女子の諸共に帰らねばいかゞはかなしき。船人も皆子集りてのゝしる。かゝるうちに猶かなしきに堪へずして密に心知れる人と言へりける歌、
「生まれしも帰らぬものを我が宿に小松のあるを見るがかなしさ」
とぞ言へる。猶飽かずやあらむ、またかくなむ、
「見し人の松の千年に見ましかば遠くかなしき別れせましや」
忘れがたく口惜しきこと多かれどえ尽くさず。とまれかくまれ疾く破りてむ。
みましかばとほくかなしきわかれせましや:仮に見ることができたら遠く悲しい別れ(=死別)をしただろうか、することはなかった。「ましかば~まし」は反実仮想を表す。
とくやりてむ:すぐに破ってしまおう。
問1「おもひいでぬことなくおもひこひしき」とは、どのような意味のことを言っているのか、説明しなさい。
問2「ひそかにこころしれるひとといへりける」とあるが、なぜそうしたのか、説明しなさい。
問3 次の歌を鑑賞しなさい。
①「うまれしもかへらぬものをわがやどにこまつのあるをみるがかなしさ」
②「みしひとのまつのちとせにみましかばとほくかなしきわかれせましや」
問4「とまれかくまれとくやりてむ。」とあるが、どのよう思いを表しているのか、簡潔に答えなさい。
問5 作者はなぜ『土佐日記』全体をこのような形で締めくくったのか、それについて考えを述べなさい。
コメント
問一 片時も忘れることなく、常に心に掛けて恋しく思っている
問ニ 一緒に旅して来た人たちが皆、子供と共に家族で帰京を喜び合っている。娘を失った夫婦はそれを見るにつけ連れ帰れなかった悲しみに暮れるが、周りの帰京の喜びに水を差すわけにいかないから、夫婦二人で慎ましやかに歌を詠んだ。
問三
①我が家の朽ちた庭の松の間にまた芽吹いた小松の生を繋ぐ強さ、こうして松は我々の帰りを待っていたというのに、この家に生まれた娘は、かの地から連れ帰ることが出来なかった。小松を見るといやましに娘のいない事が悲しく胸に迫る
②もし、あの娘に松のように長い命が備わっていたのなら、遠い彼の地で悲しい別れなどせずに済んだであろうに
問四 (忘れられず、どんなに悔やんでも悔やみきれない事が沢山あっても、言い尽くせるものではない。)ともかく旅は終わった。全ての執着から解放されよう。
問1 そういう意味なのですが、少し「心に掛けて」が意志的でうるさい感じがします。結果的の「心に掛かる」のはわかりますが。
問2 その通りです。たとえ人に聞かせても、わかってももらえません。誰に向けての表現なのかが重要です。万人に向けた表現はあり得ません。
問3 ①帰京を聞きつけて、人々の縁者が集まって再会を喜んだのでしょう。その中に子どもも含まれていて、「小松」はそれも表してるのでしょう。
②松は千年と言いますが、庭の松は枯れていますよね。これはどうなのでしょう?
問4 これって、日本人特有のあれですよね。「つまらないものですが・・・」「お口汚しに・・・」「お後がよろしいようで・・・」それに加えて、内容についての責任放棄もあるかもしれません。
問五 『土佐日記』、貫之の観察眼の鋭さ、強い批判精神、そして亡き子への愛惜が浪の通奏低音によって見事に一つの物語に織りなされていました。あくまでもフィクション、でも物語の形で「書く」事で貫之の本心を昇華させるものでもあったのではないかと思います。
世に残す事を考えると、あからさまな批判は貴族社会に於いては危険、亡き子の話で締めることでカムフラージュ、旅の手慰みの暇潰しの日記、旅の終わりと共にその役割を終えた体で「破ってしまおう」と締めた。「破ってしまう」のはポーズに過ぎず、言いたい事を言い切るために敢えて語って来た事を捨てるような形で締めくくったのではないかと思います。
亡き子のくだりは哀切に満ちていて、およそ虚言とは思えません。土佐での出来事ではないにしても、貫之の経験に基くものなのではないか?だとすると悲痛な思いを抱え続けた妻の気持ちを代弁した、妻に捧げた物語でもあるのではないか?そんな事を思ったりもしました。
素晴らしい鑑賞です。すいわさんの読みの深さが伝わってくる鑑賞文になっています。
虚実ない交ぜにして、真実を語っていますね。一字たりともう動かせない(和歌を生かした)散文になっています。貫之の野望が見事に結実しています。
一方、『土佐日記』は、よりよき未来に向けての貫之の遺言でもあったのでしょう。