題しらす みつね
よしのかはよしやひとこそつらからめはやくいひてしことはわすれし (794)
吉野川よしや人こそ辛からめ早く言ひてし事は忘れじ
「題知らず 躬恒
たとえあの人が冷たかろうとしても、私は以前に言ったことは忘れまい。」
「吉野川」は、「よし」の枕詞。「(人)こそ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を已然形にし次の文に逆接で繋げる。「(辛から)め」は、助動詞「む」の已然形で推量を表す。「(言ひ)てし」の「て」は、助動詞「つ」の連用形で意志的完了を表す。「し」は、助動詞「き」の連体形で過去を表す。「(忘れ)じ」は、助動詞「じ」の終止形で打消意志を表す。
吉野川は今も変わらず流れ続けています。その「よし」ではありませんが、たとえあなたが私に対してどんなに薄情になったとしても、私は以前にあなたに言った約束は決して忘れないでしょう。
前の歌とは、川繋がりである。流れが見えない水無瀬川に対して、流れが激しい吉野川を出してきた。枕詞の「吉野川」は、自分が今も変わぬ激しいほどの恋心を抱いていることを暗示している。すっかり変わってしまいそうな相手に対して、自分はそうはならないと言いたいのである。恋はどちらかが先に冷めていき、恋心に温度差が生じる。そんな時に、恋心の高い方はこんな思いになるに違いない。それを表すのに、「(よしや)・・・こそ・・・め」「てし」「じ」の使い方に細やかな配慮が見られる。『古今和歌集』の歌の多くは、助詞・助動詞を駆使した歌である。編集者はその効果的な使い方を評価したのだろう。
コメント
前の歌が、相手の出方に気持ちが振り回されているのに対して、この歌では、相手が如何であろうとも自分の気持ちは揺るがない、と作者の芯の強さを感じます。吉野川の流れの速さが、強さも連想されます。
その意味で前の歌とは対照的な内容になっていますね。吉野川の流れが意志の強さを表いているのですね。納得しました。
冒頭の「吉野川」で激流を起想させ、人を持ってくることで穏やかでない相手との状態を悟らせる。
「はやくいひてし、、」は、かつて貴女に送った言葉の心を忘れまい、と自分に向けた形になっているところが相手に対して配慮がありますね。
「はやくいひてし」の「はやく」でまた川の流れを意識させることで、止まることなく未だ相手へと注がれている状態が思い描けます。
この吉野川は奈良にある流れが急な川でしたね。そのイメージを生かした歌になっています。
「かつて貴女に送った言葉の心を忘れまい」と自分の意志を示したところに男らしい潔さをかんじますね。