《恋を秘す理由》

題しらす とものり

したにのみこふれはくるしたまのをのたえてみたれむひとなとかめそ (667)

下にのみ恋ふれば苦し玉の緒の絶えて乱れむ人な咎めそ

「題知らず 友則
心の内でばかり恋しく思っていると苦しい。乱れよう。人は咎めるな。」

「(恋ふれ)ば」は、接続助詞で原因理由を表す。「玉の緒の絶えて」は、玉を貫く紐が切れれば玉が乱れることから「乱れ」を導く序詞。「(乱れ)む」は、推量の助動詞「む」の終止形。「(人)な(咎め)そ」の、「な」は副詞で終助詞の「そ」と呼応して禁止を表す。
私は思いを心の内に秘めてばかりで恋することが苦しくてなりません。ですから、もうこれ以上表面上の取り繕いは止めにして、人目構わず恋しがろうと思います。どうか、周囲の人はこんな私を恋のルール破りだと咎めないでほしい。私はこれほどあなたが愛しくてならないのです。
言うまでもなく、ルールにはその存在理由がある。それが恋を秘することならば、恋の喜びを増幅するためである。だから、恋は秘めねばならない。しかし、実は、ルールにはもう一つの存在理由がある。それは、ルールを破ることによる効果である。恋であれば、秘するのを破ることで、そうせざるをえない止むに止まれぬ恋心を伝えることができる。つまり、恋を秘するのは、最後にこれを破るためでもある。秘すからこそ、この効果が生まれる。
この歌も前の歌同様恋の告白である。二箇所で切れている。これによって、胸に迫る思いのほどを表している。また、序詞によって自分の恋心の汚れ無さを暗示している。編集者はこうした表現を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    あなたを思って平静を装っていることがどれほど苦しいことか。それは私の命が尽きてしまう程なのです。いっそ玉の緒が切れて音立てて散り散りに四方へ広がって行くように、私の気持ちが世間に知れてしまえばいい。
    ①どうか、そうする事を(まだ「君」とは呼べない)あなたは咎めないでほしい。
    ②世間の人は約束事を破る私を咎めないでほしい。
    「な‥そ」をどう捉えれば良いのか。「な‥そ」は弱い禁止ですよね?なので「人」は①の歌を贈った相手に対してなのだと思ったのですが如何でしょう?
    もしくは②で咎めて良いのは当事者の君だけだよ、と言いたいのか、、

    • 山川 信一 より:

      「人」をどう取るかが問題ですね。しかし、「人」を恋人と取るのは難しい。なぜなら、この段階は関係がかなり深まっているからです。今更人とは呼べないはず。また、「咎めて良いのは当事者の君だけだよ」も無理があるのでは?作者には、自分の行為を君が咎めるという発想があるとは思えません。なぜなら、この段階の女が望んでいるのは、恋の不安よりは、愛の安心でしょうから。やはりここは、作者の恋人への思いを周りも認めてほしいという意でしょう。そして、それを言うことで、自分の相手への思いのほどを伝えているのです。

  2. まりりん より:

    大切な恋だから今までじっと耐え忍んできた。でも、もう我慢も限界なのですよね。今時の言葉でいう「きれた」でしょうか?
    でも決してやけになった訳ではなく、自分に正直になったのですね。

    • 山川 信一 より:

      恋のルール破りも恋のプロセスの一つとして初めから組み込まれているのでしょう。個人的に「きれる」とか「自棄になる」とかとは、別次元の心理です。そういうものになっているのです。

  3. すいわ より:

    次の歌を読んで、なるほど恋の段階が隠し切れない段階にまで進んで切迫しているのだと納得しました。二人の秘密を自ら周囲に暴露する。音を立てて玉が四方へ散っていく様が美しく、自分たちの恋が真珠のように清らかなものだと言うこともアピールしているのですね。

    • 山川 信一 より:

      二人の恋の秘密を周囲に暴露するのを真珠の首飾りの紐が切れて飛び散る様にたとえていますね。おっしゃるように二人の恋の清らかさを表しているのでしょう。表現に抜かりはありません。

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