題しらす よみ人しらす
よるへなみみをこそとほくへたてつれこころはきみかかけとなりにき (619)
寄る辺無み身をこそ遠く隔てつれ心は君が影となりにき
「題知らず 詠み人知らず
拠り所が無いので身を遠く隔ててしまったが、心は君の影となってしまった。」
「(無)み」は、形容詞「無し」の語幹「無」につく接尾語で原因理由を表す。「こそ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を已然形にし後の文に逆接で繋げる。「(隔て)つれ」は、意志的完了の助動詞「つ」の已然形。「(なり)にき」の「に」は、自然的完了の助動詞「ぬ」の連用形。「き」は、過去の助動詞「き」の終止形。
あなたには拠り所がどこにも無いので、この身をあなたから遠く隔ててしまいました。それなのに、私の心はあなたの影となりあなたに付いて離れなくなってしまいました。
作者はどうやっても相手に近づく術が無いのだろう。そこで自ら身を引いた。しかし、心は今でも寄り添っていると言う。未練が断ち切れない思いを伝えている。「身」と「心」、「つ」と「ぬ」を対照的に用いて表現している。
この歌のような状況は誰にでも有り得るに違いない。「題知らず」「詠み人知らず」なので、読み手は自らの経験を当て嵌めて自由に状況を想像できる。編集者は、その意味で前の歌とは対照的な歌を配した。ただし、「・・・み・・・こそ・・・已然形」に注目すると前の歌と構造が似ている。この型に当て嵌めれば歌が作れる。歌の型を示したのだろう。
コメント
身はあなたから離れるけれど、心は決して離れない。。影は暗闇では隠れてしまうけれど、明るい光の中ではっきりと現れる。あなたが偉くなった後にも、時には私のことを思い出して下さい、と言っているように思えます。
この歌は「詠み人知らず」となっていますが、作者は女のようですね。飽きられて忘れられてしまった女でしょうか。断ち切れない未練が感じられます。
こんなにも思っているのに、お側にはいられない。添う方法がない。引き離された今となってはせめて貴方のお側にいるために私は貴方の影になってしまった、、。「君」と呼びかけるのだから相思の間柄にあったのに添えなかったのか?光の中にある思い人、実態のない影として添うのはより辛い。貴方の横に立つ人が現れたら、、未練は暗い思いになり引き摺りそう。六条御息所が思い浮かびました。
紫式部も『古今和歌集』の歌の数々を読みながら、想像を膨らましたのでしょう。『源氏物語』は、そうして書かれたのですね。すいわさんも時代が時代なら、紫式部になれそうですね。