《春の心》

題しらす 読人しらす

はるたてはきゆるこほりののこりなくきみかこころはわれにとけなむ (542)

春立てば消ゆる氷の残りなく君が心は我に溶けなむ

「春になると消える氷のように残ることなく君の心は我にうちとけてほしい。」

「春立てば消ゆる氷の」は、「残りなく・溶け」を導く序詞。「(春立て)ば」は、接続助詞で恒常的条件を表す。「(溶け)なむ」は、願望の終助詞。
春になると、あの固く冷たい氷もすべて溶けます。なのに、春になってもあなたの心だけは今でも固く冷たく閉ざされたままです。どうか、春の氷のように溶けて、私に心を開いてください。季節はもう春なのですから、あなたの心にも春が来てほしいのです。
作者は、自分に心を開いてくれない恋人の心を何とかしようと、季節に言寄せて語りかけた。人も自然の一部なのだから、恋人の心も春になるべきだと。これは、説得力がありそうだ。
前の歌とは、心理繋がりである。この歌は、「春の氷」を題材にしている。それをたとえとして、恋人の心に働きかける。編集者は、この試みに独自性を感じたのだろう。

コメント

  1. まりりん より:

    作者は、相手が心を氷のように固く冷たく閉ざしていても、恨み言を言ったりわざと困らせたりせず、優しく暖かく接しているのだと思います。だから、もうすぐ氷のような心は溶けて、心を開いてくれる筈だという期待もこめられているのでしょう。
    「春の氷」の例えは、わかりやすくて、確かに説得力がありますね。

    • 山川 信一 より:

      なるほど、接し方が優しいですね。期待も感じられますね。春という季節に期待しているのでしょう。人を説得するには、さりげなさが大切ですね。

  2. すいわ より:

    春になった。水辺に張る氷も、ひと欠片の冷たさも残さず溶けてゆく。あなたのその薄氷で覆われた心が春の陽射しに溶けたらなぁ。私があなたの元へ参りましょう、どうか打ち解けて私を受け入れて下さい。
    今始まった恋でなく、秋を憂い、冬の寒さを越えての長期戦、花咲かす事が出来たなら喜び一入ですね。

    • 山川 信一 より:

      そうですね、この恋は今始まったものではなさそうです。時間の流れが感じられます。「袖漬ちてむすびし水の凍れるを春立つ今日の風やとくらむ」を思いました。

      • すいわ より:

        春の巻に出て来た歌ですね。この歌も貫之が詠んだのかもしれませんね。季節の移ろいを人の心にリンクさせて捉えたところがなるほど面白いです。

        • 山川 信一 より:

          「詠み人知らず」の歌は古歌と思われますが、貫之が編集に合わせて手を入れた可能性は十分にあります。きっと編集が面白くて仕方なかったのでしょう。

タイトルとURLをコピーしました