《秋の色》

きちかうのはな とものり

あきちかうのはなりにけりしらつゆのおけるくさはもいろかはりゆく (440)

秋近う野はなりにけり白露の置ける草葉も色変はり行く

「秋が近く野はなってしまったことだなあ。白露が置いてある草葉も色が変わってゆく。」

「近う」は、形容詞「近し」の連用形のウ音便。普通、ウ音便は歌で使わない。「(なり)にけり」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形。「けり」はあ、詠嘆の助動詞「けり」の終止形。「(置け)る」は、存続の助動詞「り」の連体形。
秋が近づき、気が付けば野はすっかり秋らしくなってしまったことだなあ。朝になると、草葉には、白露がびっしり置かれている。その草葉も色が次第に変わっていく。
初秋の朝の秋の野を詠んでいる。一句と二句で心を詠み、三句四句五句でその根拠となる情景を詠んでいる。〈心+物〉という基本的な歌の構成である。ただ、内容は一見平凡にも思える。しかし、「白露」と色が変わっていく草葉の色を対照的に感じさせている。しかも、背景にこの花の印象的な紫が浮かぶ仕掛になっている。色の対照が鮮やかである。物名を生かした歌になっている。
この花は、秋を代表する花の一つである。秋の七草の一つでもある。仮名遣いが今と違うので見つけにくいかも知れない。語句の説明の中にヒントがある。

コメント

  1. すいわ より:

    きちかう→きちこう→桔梗!ききょうですね。秋の七草のヒントが無ければわかりませんでした。黄褐色の枯れ色に変わっていく秋の野。桔梗の紫が映えますね。白露のスフマートが神秘的。
    麻の生地香たきしめる夏の宵
    花裾もよう風に揺らめく

    • 山川 信一 より:

      正解です。ただ、「のはな」まで入ります。「白露のスフマート」という捉え方がいいですね。この「白」はあくまでも想像上の「白」ですね。それが赤や黄や枯れ色と桔梗の紫とコントラストを成しています。
      すいわさんの物名の歌は、季節を夏に転じ、見事に今頃の情景を描いています。素晴らしいです。優雅な女性の姿が目に浮かんできました。すいわさんは、抽斗に歌になる材料をいっぱい持っていらっしゃいますね。
      それに対して、私の何と粗野で野蛮なことか。昨日の私です。
      *古希近う野放し男思慮も無く38度走るを止めず

      • すいわ より:

        あら、足りませんでしたね。
        麻の生地香の離して燻らせて
        花裾もよう風にゆらめく にしましょうか?
        薔薇の回で「これで当分死ねなくなった」と仰ったのに。
        フル装備炎天の下走る人
        悲鳴上ぐるは帰り待つ者 
        くれぐれもお気を付けて

        • 山川 信一 より:

          この歌もいいですね。自由自在に言葉を使いますね。素晴らしいです。
          「フル装備炎天の下走る人悲鳴上ぐるは帰り待つ者」戒めの歌をありがとうございます。心しておきます。
          返し *無防備で命知らずの無茶ぶりは若き時より変はらざりけり  家人は呆れています。

  2. まりりん より:

    「きちかうのはな」桔梗の花ですね。
    季節が進むにつれて、野の色が変化していく様が目に浮かびます。秋は他の季節と比べても、特に色彩の変化が激しい季節ですね。

    • 山川 信一 より:

      この歌は、秋の色彩の多様を描いたのでしょう。物名なのに素晴らしいですね。紫が忍ばせてあるのが心にくいです。

タイトルとURLをコピーしました