第百六十四段  無駄話の効用

 世の人あひ逢ふ時、暫くも黙止する事なし。必ず言葉あり。その事を聞くに、多くは無益の談なり。世間の浮説、人の是非、自他のために失多く、得少なし。これを語る時、互ひの心に無益の事なりといふ事を知らず。

「世の中の人は、人に対面する時、少しの間も黙っていることが無い。必ず何か話をする。その内容を聞くと、多くは無駄話である。世間の根拠の無い噂話や人の批評は、自他のために失うことが多く、得るところがない。これを語る時、互いの心に利益が無いということを知らない。」

ありがちな態度を戒めている。言われてみれば全くその通り、ごもっともである。もちろん、兼好が言うように、話す価値のある話題の方がいいし、そもそも話すことも無いのに無理に話す必要も無い。それは時間の無駄であり、本心に逆らう行為だからである。では、人はなぜこんな無駄をするのだろうか。一歩踏み込んで考えてみてもいい。それは、そうぜざるを得ないからだ。ここで重要なのは、話の内容ではなく、話すことそのこと自体にある。しばらく会っていないと、お互いに不安になる。もしかすると自分に敵意を抱くようになっかかも知れないと懐疑的になる。そこで、今でもあなたの知っている人物であることをアピールする必要が生じるのだ。しかも、その話題としては、たわいもない噂話や人物評が無難である。意味深く深刻な話題はむしろ避けた方がいい。無駄話をしている間に、お互いに安心してくる。無駄話には、こうした効用もあるのだ。物事は一面的にのみ見て、判断すべきではない。

コメント

  1. すいわ より:

    兼好は無駄だと言うけれど、兼好がここに書いているようなことを友人と語らいあったりして意見を交換したりもします。自分で書いて自分で納得、自己完結するより、他者の考えに触れることで更に思考が深まることもあります。
    久方ぶりに会う人と旧交を温めて互いの現況を知るのは無駄なのでしょうか。また、「日常」から切り離された人にだから話せる事もあります。一面的な判断は、できません。故実を大切にしているけれど、今そこに存在する人に対して信頼を置けないのか、猜疑心が強いのか。たまには兼好、聞き役を務めてみればいいかも。受け止めるタイプではないようですね。

    • 山川 信一 より:

      欧米人はマスクを嫌います。表情が読めないと、不安だからです。日本人は逆にマスクを好みます。自分の心を読まれたくないからです。多かれ少なかれ、人は他者に対して警戒心を抱きます。
      議論好きで有名な、イギリス人もたまにしか会わない人とは、天気の話題から始めるそうです。無駄話にはそれなりの理由があります。
      以上は、一般論です。それとは別に個人個人に、それなりの事情があります。それに従って行動すればいいと思います。

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