山てらにまうてたりけるによめる つらゆき
やとりしてはるのやまへにねたるよはゆめのうちにもはなそちりける (117)
宿りして春の山辺に寝たる夜は夢の内にも花ぞ散りける
「山寺にお参りしていた時に詠んだ 貫之
旅先で泊まって、春の山寺に寝ている夜は夢の中にも花が散ることだなあ。」
晩春に山寺に参詣した。都では疾うに散ってしまった桜がここでは今を盛りと散っている。桜の花びらは、山寺も道も覆い尽くさんばかりである。その晩は、そのまま山寺に泊まった。すると、夢の中にも桜の花びらが散っているではないか。山寺を覆う桜の花びらが何と夢にまで入り込んできたのだった。身も心も花びらに包まれ、桜色に染まってしまった。
これほどまでに、散る桜は、想像力を掻きたて、人を魅了するのだ。
コメント
季節遅れの山の春、もう終わってしまったと思っていた桜がここではまだ辺りを仄白く霞ませる。都の春とは対照的な山寺の静かな桜吹雪。宿房の寝所で目を閉じた夢の中、漆黒の闇の中にも音もなく桜は散り敷いて、誰もが桜の白に埋め尽くされ囚われてしまう。理屈では説明し難いこの思い、人は桜に恋してしまっているのですね。
桜に現実だけでなく、夢の中でも包み込まれる。何とも幻想的な気分でしょう。こんな旅の宿りならしてみたい。コロナ禍の中、一層旅への思いは募ります。