おなじ心ならん人としめやかに物語して、をかしき事も、世のはかなき事も、うらなく言ひ慰まんこそうれしかるべきに、さる人あるまじければ、つゆ違はざらんと向ひゐたらんは、ひとりある心地やせん。
たがひに言はんほどの事をば、「げに」と聞くかひあるものから、いささか違う所もあらん人こそ、「我はさやは思ふ」など争ひ憎み、「さるから、さぞ」ともうち語らはば、つれづれ慰まめと思へど、げには、少しかこつかたも、我と等しからざらん人は、大方のよしなしごと言はんほどこそあらめ、まめやかの心の友には、はるかに隔たる所のありぬべきぞ、わびしきや。
「おなじ心ならん人」「うらなく言ひ慰まん」「向ひゐたらん」の「ん」:仮定の助動詞「む」の連体形。「む」は、まだ実現されていないことを言う。
かこつ:恨み嘆く。愚痴を言う。嘆いて訴える。
ほどこそあらめ:時こそはまあよかろうが。
まめやか:一時的で無い様子。本格的な様子。
わびしき:やるせない。つらい。
「同じように物事を感じ考える心を持っている人がいたとする。その人とゆったりと物静かに話をして、心惹かれる面白いことも、世の中の儚いこともとりとめの無いことも、隠し立てすることなく話し、慰めることがあれば、さぞかし嬉しいはずなのに、そういう人はあるはずもないだろうから、少しも意見が食い違わないようにと気を遣って向かい合うとしたら、一人でいる心持ちになりはしないだろうか。
互いに話そうと思うような程度の事は「なるほど、ごもっとも。」と聞く甲斐あるものの、いささか意見に違いがあるような人こそ「私はそうは思わない。」などと、言い争い憎み、「そうだから、そうあるのだ」とも語るならば、退屈は慰むだろうけれど、本当には、少し愚痴を言う方面も、自分と意見や感じ方が同じでない人は、一般的な取るに足らない話題は言うような時はまあ良いが、心からの心の友には、遥かに隔たった所があるに違いないのは、やるせなく、つらいことだなあ。」
「願はしかるべき事」は、友のあり方に及ぶ。理想的な友とはどんなものだろう。それへの思いは昔も今も変わらない。自分と同じ考えや感じ方をする友がいて、それを確かめ合うことが出来れば、どれほど心が慰められることだろう。せめて、違いがあっても、違いを認め合えるのが一番のだが、そういう友はなかなかいない。意見が食い違って議論になるのは面倒なので、それを避けようとして、気を遣うとしたら、リラックスするにはほど遠い。これでは、何のための友人であろうか。
経験に根ざした意見である。共感するところも多い。ただし、現状を嘆いてみせるばかりで、これと言った考えは出さない。物足りない文ではある。そこで、いろいろと考えさせられる。反論したくもなってくる。これが『徒然草』の特色かも知れない。
兼好のイメージする友とは、心を癒やし合える人のことを言うらしい。しかし、仮にそうだとしても、これは無為自然に存在するのだろうか。そんな幸運を期待するものだろうか。そうではあるまい。もし仮にそんな友がいたとしたら、それは努力の結果ではないか。意見の相違や感じ方の違いに何度もぶつかり合って、ようやくわかり合えるようになった結果ではないか。違いを克服すること無しにはあり得ない。その煩わしさや苦痛を避けて通ることは出来ないのだ。
たとえば、こういった反論がいくらでも湧いてくる。その意味で『徒然草』は読み甲斐がある文章ではある。兼好法師に言わせれば、「そんなことはわかっているんだよ。こっちはその上で言っているんだ。」とでも言われそうだけど。
コメント
自分の思うところの事を言ってはいるけれど、最終的にどうかと言うところははっきりさせないのですよね。自分はどうするかも。読者に疑問に感じさせて否応無しに考えさせる「読者参加型」を狙っているのでしょうか?兼好の一人勝ち、気分いいのでしょうね。好きなように言いたい事を言いっぱなし、断言しないので、批判があっても受け流すのでしょうね。ならば有り難がってうんうんと聞くばかりでなく、読者(プレーヤー)としてこちらも打ち返した方が気分がいいですね。兼好が大笑いしているのが聞こえそうですが。
友はこう言う人だったらいい、と言うけれど、友にも気持ちがありますから、自分の思いと全て同じなんてまずあり得ない、先生の仰るように違いを理解して受け止めあってこそ、だと思います。
『徒然草』は、作者の「ぶっちゃけトーク」ですね。「キレイゴトは置きましょうや。本音を言えばこうですよね。」と読者に語りかけているようです。
それでいて、次のような現実への批判にもなっています。
多くの人が友人関係そのものを維持することを最優先して、自分を押し殺している。友人関係を壊さないようにするために、気を遣って疲れ果てている。これでは何のための友人関係かわからない。かえって不幸になっている。本末転倒も甚だしい。
思い当たる人も多いでしょう。友人関係を見直すきっかけにはなりそうです。