「土産は、えびフライ。」

 えびフライ。どうもそいつが気にかかる。
 ゆうべ、といっても、まだ日が暮れたばかりのころだったが、町の郵便局から赤いスクーターがやってきたときは、家じゅうでひやりとさせられた。東京から速達だというから、てっきり父親の工事現場で事故でもあったのではないかと思ったのだ。普段、速達などには縁のない暮らしをしているから、急な知らせにはわけもなく不吉なものを感じてしまう。
 ところが、封筒の中には、伝票のような紙切れが一枚入っていて、その裏に、濃淡の著しいボールペンの文字でこう書いてあった。
『盆には帰る。十一日の夜行に乗るすけ。土産は、えびフライ。油とソースを買っておけ。』


「「そいつ」という言い方が面白い。えびフライを擬人化している。えびフライが得体の知れない存在なのね。この時点でもまだ理由が隠されているわ。まさに「秘すれば花なり」ね。隠すことによって、魅力が増すのよ。」
「父親が東京で働いていることがわかる。それも工事現場なんだ。やはり、出稼ぎなんだね。じゃ、速達が来れば事故に遭ったかと思うよね。」
「やっぱり高度経済成長期のことだね。1964年の東京オリンピック前とか。」
「多分そうね。この時代、日本は、工業化を急いだのよ。都会は深刻な人手不足になった。産業構造を変えて、農業を捨てた。だから、農家の人たちは、出稼ぎに出るしかなかったのよ。」
「「稼ぎ」とは、金のために割り切って働くことを言うんだ。単なる労働力になることだよ。そういう人間を生み出したのがこの時期の日本なんだ。「稼ぎ」は、生きがいを含めた「仕事」とは違う。」
「家族は離れ離れになりますね。住むところと働くところが離れてしまうから。だから、家族は遠いところで働く父親を心配することになんですね。」
「その頃、三ちゃん農業という言葉が生まれた。じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんで、肝心のとうちゃんがいない農業。」
「「伝票のような紙切れ」に余裕の無さが表れているわね。時間とお金を節約したのかな。」
「「濃淡の著しいボールペンボールペン」と共にリアル。いかにも昔のボールペンって感じ。時代を感じさせる。「神は細部に宿る。」って言うけど、現実感を出すためには、こういう細部を描くことが大事なんだよ。」
「それにしても、なぜこんな速達で土産のことに触れたの?帰る日時ならわかるけど、これって、予め知らせておくことなのかしら?」
「えびフライを揚げることになるからじゃない?帰ってからだと、油だとかが間に合わないといけないから。」
「確かにそうかも。でも、今一つピンとこないなあ。何か訳がありそう。」
 この小説に書かれているのは、高度経済成長期に於ける小さな小さなエピソードだ。作者が書いてくれなければ、知られることもなかった、取るに足らない些細な出来事。作者はそれを丁寧に拾い上げている。それが文学なんだ。

コメント

  1. すいわ より:

    はい、また出ました「えびフライ」。小出しに畳み掛けるように「?」が続いて読み止められません。
    郵便局のスクーターの赤が緊急の赤を意識させたかと思ったら思いもよらない肩すかしを喰らうようなメッセージが入っていたのですね。「そいつが」と言っているところからすると、えびフライが馴染みのない、というより、もしかしたら知らない物なのでしょうか。前回、語り手の住まいは海から遠い山深いところだろうと想像しましたが、そうだとすると語り手の思い描くえびは川海老ですよね。小海老のかき揚げみたいな物を想像しているのでしょうか。らんさんが「三丁目の夕日」の頃、と仰ってましたが、その頃の東京だと少し生活にゆとりが出来てきて、家族でデパートのレストランで食事、お子さまランチを子供達は喜んで注文(えびフライ、お皿に載っていそうです)という絵が思い浮かびます。お父さんは帰りを待つ子供達に、人気のえびフライをお土産に選んで喜ばせようとしたのでしょうか。「乗るすけ」、東北の日本海側でしょうか。だとすると東京からは益々遠いですね。

    • 山川 信一 より:

      作者はすいわさんの予想を次々に裏切っていきますね。これがあまりに予想どおりだったとしたら、興味をそがれますよね。しかも、裏切っても納得できる内容になっています。
      この匙加減が作家の力量なのでしょう。井上ひさしも『握手』でそういう技法を使っていましたね。
      「小海老のかき揚げみたいな物を想像しているのでしょうか。」という指摘は鋭いです。時代は、恐らくらんさんが「三丁目の夕日」の頃でしょう。
      すいわさんがおっしゃるように、父親はきっとどこかで親子がえびフライを食べるところを見たのでしょう。それで何とかして食べさせたくなったのです。
      「~すけ」の方言からは、ここがどこか予想しかねます。私は東北の内陸だと思うのですが、「~すけ」は新潟方言なのです。しかし、新潟ではイメージが違うように感じます。

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