メロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌る日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。メロスの十六の妹も、きょうは兄の代りに羊群の番をしていた。よろめいて歩いて来る兄の、疲労困憊の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。
「なんでも無い。」メロスは無理に笑おうと努めた。「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。」
妹は頬をあからめた。
「うれしいか。綺麗な衣裳も買って来た。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。結婚式は、あすだと。」
メロスは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って神々の祭壇を飾り、祝宴の席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
今日は若葉先輩の発表だ。若葉先輩の視点はユニークだから楽しみだ。
「メロスは徹夜して歩き続けたんだね。十里は普通10時間かかるけど、8~9時間ぐらいで歩いたんじゃないかな。深夜に出発したから、村に着いたのは、村人たちが働き始める8時頃だね。ここではぁ、メロスと妹とのやり取りに注目したい。まず「うるさく兄に質問した」ってあるけれど、「うるさく」はメロスの気持ちだね。聞かれたくないことを聞かれて煩わしく思っていることを表している。もちろん、メロスのことを心配する妹の気持ちも表している。ただ、メロスが妹をまともに相手をしていないって感じもする。そこで、疑問に思ったのがここでまた妹の年が出てくることなんだ。また「十六」と断っている。妹の若さを印象づけているんだよね。でも、なぜだろうって。そこで気づいたんだけど、メロスの年が出てこないって。これは、もしかするとメロスの年を暗示しているんじゃないかって。メロスは一体何歳なのかな?作家は、それを想像する楽しみを読者に提供したのではないのかな?すべてを書き込んでしまうとかえってつまらなくなる。それで、妹に対するメロスの言葉遣いに注目したんだ。これって、完全に妹を子ども扱いしているよね。もちろん、本当の訳も言ってないけど、それはそれで心配掛けたくないからだろうけど、とにかく言い方が一方的で命令口調。それなのに、妹は素直に従っている。疲労困憊の理由はどうなったのって思う。妹は、兄に対してとても従順なんだ。これは、二人の年齢差を表しているんじゃないかな?二人はかなり年が離れていると見た。きっと、二人が幼い頃に両親が亡くなって、それ以来メロスは親に代わって妹を育ててきたんだ。だから、妹にとってメロスは兄でもあり、父親でもあるんだ。そこで、メロスの年齢だけどずばり二十六歳だと思う。十歳は離れているね。メロスは、子どもっぽいところがあるから、若い感じもするけど、意外と年齢が行っているんじゃないかな。作者はそれを読み解いてほしいと思っているはず。今日のあたしの発表の目玉はこれだね。エッヘン、どうかな?」
「面白いところに目をつけたわね。さすが、若葉。なるほど、それには気づかなかったなあ。私は、メロスの言動から、言うことも青いし、体力も並外れてあるから、二十歳くらいかなって思っていたわ。でも、言われてみると、若葉の言うとおりだと思う。二人の関係は、親子に近い気がしてきた。その関係が成り立つのは、4~5年じゃ無理よね。妹が物心つく前がいい。すると、10年はほしいわね。」と真登香班長が応じた。
やっぱり若葉先輩は凄い。あたしは思ってもみなかった。
「ええ、そうなんですか!メロスのイメージが狂っちゃうな。そんなおじさんだったなんて!」と美鈴が大きな声を出した。
「少し補足するね。「神々の祭壇」とあるけれど、これはまだキリスト教が普及していない、古代を表してるんだよ。「呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。」がいかにメロスが疲れていたかを表す表現の工夫だね。以上。」若葉先輩の発表が済んだ。
作家って凄いなあ。表現の端々まで気を配っているんだ。そこを見落としちゃいけないね。メロスは凄く若いってイメージだけど、その根拠は漠然としているものね。それに対して、若葉先輩の考えはちゃんと根拠が上がっている。これが読みなんだね。
コメント
最初にこの小説に触れたのが小学生、その頃の私はメロスの妹よりまだ小さかったせいもあって、メロスの年齢はお兄さん大人の大学生くらいと思ってました。二十歳は過ぎてる、二十五歳にならないくらい。幼馴染のセリヌンティウスも結婚していなそうですし(結婚して子供もいたら人質になれたかしら?)。シラクスに買い物に出てセリヌンティウスに逢ってくるのだから、妹としては兄がそんなに早く帰ってくるとは思っていなかっただろうし、兄の様子を見たら何があったのか聞かずにはいられない。でも、結婚の話を持ち出されると舞い上がってしまうのですね。メロス、上手く話を逸らせて妹に現状を悟られずに済みました。シラクス市は小さな街だと言う話が15日の講義で出ましたが、いくら結婚式の支度に出たとはいえ帰ってきて「さぁ明日結婚式をしよう、皆に知らせておいで」で済むほどにメロスの住む村は小さいのですね。田舎の小さな温かなコミュニティで育ったメロス。一歩村を出たら「世間知らず」なわけですね。若葉先輩の言うように、早くに両親を亡くし、妹の兄として父としてやってきた。周りの助けも受けながら。なのでメロス、26歳より2、3歳、若いかな?と思ったりしています。
メロスの年齢を想像するのも、楽しいですね。太宰さんは、こんな楽しみも与えてくれました。
自分勝手に考えれば、何歳だっていいのですが、太宰さんは何歳を想定して書いているのでしょうか?若葉さんは、父代わりであったことを根拠にしていました。
すいわさんは、メロスが世間知らずなのと「幼馴染のセリヌンティウスも結婚していなそう」を根拠にしていますね。正しい読み方です。
しかし、今のところまだ決め手が不十分で寸。何歳なのでしょうか?これからのお楽しみです。
太宰さんは何歳を想定して書いたのでしょうね。
私はメロスが幼いときに両親を亡くされたというと、なんとなく
メロスが10歳で妹は2歳くらいの時かなあと勝手に想像してます。
だから今は24歳くらいと思っていました。
らんさんの想定も若葉さんより若いんですね。確かにメロスは若さが際立っていますからね。
でも、10歳だと親代わりにはなれませんね。別々に引き取られることもあるし。
これからも意識して読んでいきましょう。