結婚式

 眼が覚めたのは夜だった。メロスは起きてすぐ、花婿の家を訪れた。そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。婿の牧人は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、葡萄の季節まで待ってくれ、と答えた。メロスは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。婿の牧人も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた。結婚式は、真昼に行われた。新郎新婦の、神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。祝宴に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのも怺え、陽気に歌をうたい、手を拍った。

 またあたしの番になった。前回の若葉先輩に負けないようにいっぱい考えてきた。
「メロスは昼夜逆転して、夜まで寝ていました。起きるとすぐに花婿を説得に行きます。突然結婚式を明日にしろと言われて、花婿は驚きます。当然です。結婚を大事に思っていれば尚更です。そこで反対します。いくら何でも無茶です。「葡萄の季節まで待ってくれ」と答えます。この言い方が凄くいいです。秋なんでしょうが、秋は秋でも葡萄が実る秋なんです。生活感が出ていてリアリティがあります。二人は夜明けまで、議論を続けます。「婿の牧人も頑強」とあるけれど、花婿もメロスに似た人なんじゃないでしょうか?娘は父親に似た人を好きになるって言うから。最初に「村の或る律気な一牧人」とありました。「律儀」ってメロスの性格もそうですよね。「夜明けまで議論を続けて」あるけど、似たもの同士なので、譲らないのでしょう。どちらも相当なものです。本当のことを言わないで、無理を通すって難しいと思う。でも、メロスは負ける訳にはいかないから、かなり無理をしたに違いありません。花婿にしても結婚は望むことなので、最後は折れたのでしょう。
 作者がこのことで言いたいのは、自分がしたいことを家族に反対されることがあるってことです。自分がしたいことを家族の反対されるって、よくありますよね。家族がいつでも自分がしたいことに賛成してくれるとは限りません。それを象徴的に描いているんじゃないでしょうか?結婚式が始まる頃、雨が降って来て大雨になります。「車軸を流すような大雨」は慣用句で、雨脚の太い雨が降りしきることです。天候の異常さを表しています。これも表現の工夫です。これは、前に真登香班長が言っていた天気が何かを暗示しているんだと思います。「何か不吉なものを感じた」とあるけれど、それです。良くない将来を暗示しています。つまり、天気がメロスのしたいことを邪魔することを暗示しています。それでも、結婚式はめでたいし、村人にとって楽しみなのでしょう。「狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのも怺え、陽気に歌をうたい、手を拍った。」とありますが、素朴な村人の様子が目に浮かぶような描写です。」
 どうかな?ちゃんと言えたよね。
「確かに「葡萄の季節」って表現がいいわね。凄くいいわ。花婿の生活ぶりが見えてくるようだわ。さすが太宰ね。葡萄で葡萄酒を作るのかな?1~2週間あればできるようだから。それをみんなに振る舞いたいんだわ。きっと、花婿にもいろいろ計画があったのね。」と真登香班長が補足してくれた。褒められたかな?
「花婿がメロスタイプって言うのは納得。どちらも律儀だよね。でもさあ、娘が父親に似た人を好きになるって言うのは、どうかなあ?この場合はそうだけど、少なくともあたしはそうじゃない!父親なんて大嫌い。」と若葉先輩が言った。
「あたしは好きですう。」と美鈴。微妙な問題だったかな?あたしも嫌いじゃないし・・・。
「そうね、一般化は難しいかもね。ただ、娘の異性への判断基準が父親であることは間違いないわ。恋人は父親がライバルなのよ。父親があまり理想的すぎると、恋人ができないんだって。たとえ結婚しても、ファザコンでいることもあるとか言うわ。夫は、無償の愛を注ぐ父親には簡単には勝てないものね。女の子にとって、父親からの精神的独立が大人になるってことかな。若葉は大人ってことね。」と真登香班長がウンチクを傾けた。
「じゃあ、そういうことで。それで、メロスの行動にここまで二つの邪魔が出てきたね。家族と天気。天気がまだ具体的じゃないけど、後で川の氾濫を引き起こすよね。そこでテーマなんだけど、〈自分がしたいことには邪魔が入る〉って言うのはどうかな?」と若葉先輩が話題を元に戻した。確かに、その観点でこれからも読んでみよう。
 父親の問題って微妙だなあ。触れてほしくない話題なんだね。でも、逃げちゃいけない何かがあるみたい。

コメント

  1. すいわ より:

    メロス、朝到着の後、妹に結婚式の段取りを言付け、式の用意をした後、泥のように寝てしまったのですね。どれほど疲れていたかが想像できます。目が覚めたのが夜、歩き通しただけの時間、眠ってしまった。村に帰るのに一日、結婚式に一日、戻るのに一日、なんと大雑把な計算でしょう。自分の考えが唯一の道と信じて疑わない。それにつけてもあっぱれの計算の立たなさ、無計画ぶり、ここでも王との違いがはっきり出ています。案の定、頭から計画に狂いが生じる。婿からまさかの反対意見、夜明けまで持ち込んで昼の挙式まで、またまた休み無く支度に追われたことでしょう。兄妹の成長を見守ってきた村人たちの温かさに包まれ雨にも負けずに式は執り行われた。困難に遭遇しながらも、周りの助けを享受して生きてきたメロス、ここが彼の本来居場所なのだと改めて感じる場面です。

    • 山川 信一 より:

      そうですね、幼い妹を育ててこられたのは、村人たちの支えがあってのことです。メロスはそれを今になって悟るのです。
      この村こそがメロスの「ふるさと」なのだとわかります。メロスはこれまでこんなことも知らずに生きてきたのです。
      お人好しと言えばお人好し、粗忽と言えば粗忽です。メロスの甘い見通しは初めから狂いが生じます。

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