第百八段 ~愚痴~

 昔、女、人の心を恨みて、
 風吹けばとはに浪こす岩なれやわが衣手のかはくときなき
と、つねのことぐさにいひけるを、聞きおひける男、
 宵ごとのかはづのあまた鳴く田には水こそまされ雨はふらねど


 昔、女が薄情な男の心を恨んで、
〈私は風が吹くと常に波が越してくる岩であるなあ。私の袖(「衣手」)が(悲しみで)乾く暇がないわ。(あなたはなんて薄情なの。〉
と、普段の口癖(「ことぐさ」)で言っていたのを、自分のこととして聞いて受け取った男が、
〈夜になると蛙が沢山鳴く田には、その鳴く(泣く)涙で水が増えていますねえ。雨は降らないけれど。〉
 この女は常に夫への不満を口にする。その様子を雨が降らないのにうるさくなく蛙にたとえている。水かさは、雨ではなく、涙で増えているのですよ、つまり、悲しみはあなたが勝手に増やしているのですよと言うのだ。
 女が愚痴を言うのは、それなりに理由があるのだろう。男に原因があるのだ。こうした姿は昔も今も変わらない、典型的な既婚女性の姿である。自分が不幸なのはすべて夫が悪いからと嘆くのである。
 男はこの愚痴を聞いて、言い返している。あなたは悲嘆に暮れて泣いているけれど、鳴く理由がありませんよと、女を蛙にたとえてたしなめている。やかましいだけなのがわかりませんか?しかし、今更何を言っても無駄である。
 英語のジョークにこうある。Any married woman is leading lady. 既婚女性の有様は古今東西変わらない。主演女優は悲劇のヒロインを演じたがる。

コメント

  1. すいわ より:

    波風が立つあたり、夫が浮気でもしたのでしょうか。それにしても、毎日毎日、愚痴を聞かされたら浮気でないにしても逃げ出したくなるでしょう。逆効果です。心は離れていくばかり。そして夫の歌、上手い!でも蛙に例えてウルサイと言ってしまっては火に油を注ぐようなもの。蛙ですって!と、黙らせるどころか蝉が鳴くが如く喚きたてられそう。こちらも逆効果。こういう人には何を言っても悪く取られるのが関の山、上手いものでも食べさせて黙ってもらいましょうか。それにしても「かはづのあまた鳴く・・」あちらでもこちらでも同じような光景が繰り広げられているようで。

    • 山川 信一 より:

      幸せな結構生活ほど希なものは、他に有りません。結婚しただけ幸せだなんて思ったら大きな間違いです。
      結婚とは、その希なる幸せへのチャレンジ、アドベンチャーと心得るべきでしょう。
      結婚式のお祝いスピーチではなかなか言えませんが・・・。(あれはウソばかり。)

  2. らん より:

    女をカエルに例えたところ、女はさぞかしうるさくガーガー言ってるんだろうなあと想像します。そして、雨でなく涙で水かさが増えているところ。悲しみは自分で勝手に増やしているんですよと男の返した歌はうまいなあと感心しました。
    女は悔しいから、業平さんに頼んで男をぎゃふんと言わせる歌を作ってもらわないとですね。

    • 山川 信一 より:

      この男は業平がモデルじゃないと読んだのですね。でも、この歌はとても凝っていませんか?
      こんな上手い歌を作れるのは、やはり男は業平ではないでしょうか?
      でも、どんなに上手い歌でも女は反省しないでしょうね。こんな女にしたのは男ですが、女も賢いとは言えません。

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