第五段 その一 ~諦めない男~

 昔、男ありけり。東の五条わたりに、いと忍びていきけり。みそかなる所なれば、かどよりもえ入らで、わらはべの踏みあけたるついひぢの崩れより通ひけり。人しげくもあらねど、たび重なりければ、あるじ聞きつけて、その通ひ路に、夜ごとに人をすゑて守らせければ、いけどもえあはでかへりける。さてよめる。
 人しれぬわが通ひ路の関守はよひよひごとにうちも寝ななむ
とよめりければ、いといたう心やみけり。あるじ許してけり。
 二条の后に忍びて参りけるを、世の聞えありければ、兄たちの守らせたまひけるとぞ。

 この話は、流れから言えば四段の続きである。編集者はそう読ませようとしている。その後の話である。男は諦めきれず、二条の后になった女を訪なうのだ。「いと忍びて」行ったのは、そこが「みそかなる所」(=人目を忍んでこっそり通う所)であり、「人のいき通ふべき所」ではないからである。
 「かどよりもえ入らで、わらはべの踏みあけたるついひぢの崩れより通ひけり。」は具体的な描写である。門から入ることができなので、子どもが開けた築泥の崩れから通ったと言う。男の姿を映像として表現することで、リアリティを生み出している。「ついひぢ」は〈つきひぢ〉(築泥)で、泥で作った塀。「き」が「い」とイ音便になっているのは、「つき(築)」と「ひぢ(泥)」の分析意識がなくなって、一語化したからである。
 人目が多くはなかったけれど、男の思いが激しく、度々通ったので、とうとうその家の主が聞きつけてしまった。夜ごとに人を据えて守らせたので、男は女に逢えず帰ることになった。そこで、今の思いを詠んだのである。
〈人に知れぬ私が通う道、その関守は夜ごと夜ごとにしばらくでも寝てほしい。〉
 「なむ」は他にお願いする〈~てほしい〉の意を表す終助詞。動詞の未然形に接続する。関守に懇願しているのである。そういうことで、女に今のつらい思いを伝えている。

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