彼が見せてほしいと言ったので、わたしは、収集の入っている軽い厚紙の箱を取りに行った。最初の箱を開けてみて、もうすっかり暗くなっているのに気づき、わたしは、ランプを取ってマッチをすった。すると、たちまち外の景色はやみに沈んでしまい、窓全体が不透明な青い夜の色に閉ざされてしまった。
「ここからはどんなことがわかる?」と明美班長。
あたしは思い切って最初に言った。
「ランプってあるから、電気のない頃の話です。」
「そうだね。今から150年前くらいかな。日本だと明治か大正時代。」明美班長が応じてくれた。つづいて、次々に意見が出た。
「ただ、ここは別荘でしょ。都会にはもう電気が通っていても、地方は遅れるよね。」
「まあ、100年以上前の話だと思っていればいいんじゃない?今のところは。」
「収集箱の中が暗くてよく見えなかったんだね。それで暗くなったことに気づくという感覚は新鮮だわ。今は昼間でも照明をつけていることが多いよね。暗いのを絶えず気にしてるからね。」
「家の中が明るくなると、外が真っ暗に感じられるのはわかるけど、「青い夜の色」ってどんなんだろうね?」と真登香先輩が話題を変える。
夜の色かあ。黒って訳じゃないんだね。
「きれい!なんか神秘的な感じ。ドイツの夜は白夜ってほどじゃないけれど、ほんのり明るいってことなのかな。」と若葉先輩。
「ええっと、今ググったんだけど、白夜が起きるのは概ね緯度が66.6度以上の地方ってある。ドイツの国土はおおよそ北緯47 – 55度だから、白夜じゃないね。」明美班長がスマホで調べてくれた。
そうか、ヨーロッパって夜が暗くなるのが遅いのか。
「あっ、こんなことも書いてある。白夜は本来は「はくや」と言ったけど、森繁久弥の『知床旅情』って歌がヒットして、それから「びゃくや」になったんだって。」
「へぇー、そんなこともあるんだ。北海道は、ええと、41度から45度だから白夜なんてあり得ないのにね。白夜への憧れから作ったんだね。」
「はいはい、そこそこ、本題に戻ろうね。」
「「窓全体が不透明な青い夜の色に閉ざれて」、二人がいる部屋だけが明るく浮かび上がるっている感じがする。読み手の注意がそこに集まっていくようにしたんだね。」明美班長がまとめる。
ああ、あたしの発言は、陳腐だなあ。先輩たちのは凄い。確かにそうだよね。
コメント
時代感覚を掴むのも大切な事だから島田さんの気付きも大切なピースですよね。真っ暗な夜でなく、暮れなずむ頃なのでしょうか。薄暗がりの部屋の中、灯されたランプ、淡埜さんの言うようにその明るさが外の世界の暗さを強調して自然と灯りのもとに意識が向きます。夜の帳が下りると言いますけれど、この部屋がまるで薄いベールを被せられた鳥籠のよう。切り取られた世界。「窓全体が不透明な青い夜の色に閉ざされてしまった」、ランプの揺らめく光の落とす影が、「私」の遠い若い(青い)頃の記憶へと誘うようで、プロローグに続くこれから始まる本編の幕の上がるのを待っている面持ちです。
「青い夜の色」の青が若い頃を象徴するというという読みはいいですね。なるほど、夜の青がそれとなく若い頃の思い出にいざなうのですね。
明暗がとても効果的に使われていますね。映画的な手法でしょうか?それとも、逆に映画が文学を模倣したのかな?