中学一年の作品 ~『少年の日の思い出』~

はじめに

 これから現代文の授業を始めます。教材は、中学高校の六年間に学ぶ作品から各学年一作品を選んでいます。ただし、これはブログという形式を用いているので、普通の授業のようにはいきません。そこで、舞台を設定し、物語風にしてみました。どうぞ登場人物と一緒に授業に参加してください。では、始めます。

『少年の日の思い出』 ~大人と子ども~

 あたしは、島田美奈子、十三歳。東京の私立の女子校に通っている。今年の春、受験に合格して入学した。修学院女子という中高一貫校の一年生だ。修学院女子は、そこそこの名門校で、大学も附属している。あたしがこの学校に入学したのは、母の勧めによる。六年生の時に母と二人で学校説明会に来た。その時、国語の授業について説明した先生に母がすっかり惚れ込んでしまったのだ。それで、あたしはこの学校を受けることになった。
 しかし、無事入学したものの、その時の先生の授業を受けることはなかった。それと言うのも、その先生はもうおじいさんで、担任も持っていなかった。窓際族か、世捨て人のような人で、授業もあまりしていなかった。母がなぜ惚れ込んだのか訳がわからなかった。
 ただ文芸部の顧問をしていた。そのことを母に話すと、是非文芸部に入るように言われた。でも、あたしとしては、もともと国語はできないし、気が進まなかった。できれば、運動部に入りたかった。だけど、母の命令は絶対だから仕方なく文芸部に入った。
 文芸部は、高Ⅲから中一まで部員二十名ほどの小さな部だった。今年の中一はあたしを含めて三名。テニス部なんて、中一だけで二十名もいるのに・・・。活動日は、週三日。主に小説の鑑賞と創作だ。部員は、四名ずつ五班に分かれている。あたしの班は、高三、高一、中三の先輩と、中一のあたしからなる。中一は、まだ鑑賞だけだ。創作は中二になってからになっていた。活動内容は、有名な文学作品及び先輩方が創った作品の合評だ。
 先輩たちは、かなり理屈っぽいところがあるけれど、みんないい人ばかりで、部活もまあそれなりに面白かった。それと言うのも、この部にはいわゆる上下関係がなかったからだ。口の利き方も基本的に敬語を使わないと決められていた。これは顧問の方針だった。敬語というのは、相手を敬うためのものではなく、人間関係に距離を作るためのものだからと言うのだ。まあ、わからないでもなかった。お陰で先輩たちと何でも対等に話せた。たまに敬語がでちゃうこともあったけど。
 こうして、二学期を迎えた。あたしたちの班は、ヘルマン・ヘッセの『少年の日の思い出』を鑑賞することになった。ただ、これは中一の教科書にも載っていた。「いいのかな?」と思ったが、みんな、そんなことにはまったくこだわりがなかった。
短い小説なので直ぐに読めた。でも、嫌な小説だった。読後感がよくない。これじゃ、全然救いがないじゃないか。これからこれを鑑賞するのかと思うと、気が重かった。ただ、そのうち授業でもやるし、試験もあるから、ここは堪えるしかないかと思った。
 顧問の先生は、背が高く痩せて、眼鏡を掛けた色黒のおじいさんだ。背が高いというのは男の魅力の一つだけど、この先生は、女にモテるタイプじゃない。あたしだって、仮にこの先生が若くても好きにはならなったろうな。ただ、うちは女子校だからか、嫌われている訳でもない。それとも、授業が悪くないからなのかな?部活では、あたしたちの自由にさせてくれる。部活の時間は、あたしたちの〈おしゃべり〉で成り立っている。先生は、たまにやって来て感想を述べるだけだ。名前を北都誠と言う。
 この日の部活が始まった。班長で高三の淡埜明美先輩が口火を切った。
「どうかな?この話。素直な感想を聞かせて。」
「あたし、虫、嫌~い!」
「道徳的な話だよね、これって。」
「要するに、盗みはいけないってことが言いたい訳?」
「別に言われなくても、わかっているけどなあ。」
「蝶なんてキモいもの、盗むヤツの気持ちなんか想像できないよ。」
「散々な感想ね。でも、この小説はノーベル文学賞を獲ったヘルマン・ヘッセの名作なんだよ。おっと、そういう先入観もいけないか。とにかく、あらゆる先入観を捨てて、丁寧に読んでいこう。」
 あたしは、先輩たちの話に耳を傾けることにした。

コメント

  1. すいわ より:

    『国語教室』第二章開幕、心待ちに致しておりました。『伊勢物語』とは異なる趣のお授業、『少年の日の思い出』はもちろん、誘い手の文芸部でどんな物語が繰り広げられるか、とても楽しみです。

    • 山川 信一 より:

      中学一年生にもわかるように書きます。文芸部の話は、話を引き出すための小道具です。あまり期待なさらないでくださいね。

  2. らん より:

    先生、おはようございます。
    今度は現代文の勉強ですね。
    とても楽しみです。これからもまたたくさんのことを教えていただきたいです。よろしくお願いします。
    先生、文芸部、楽しそうです。こうしてみんなで討論するのっていいですね。
    まるで、マイケル・サンデル先生の国語教室みたいです。
    自分も文芸部の部員に入れてもらって先生の授業に参加して行きたいと思います。

    • 山川 信一 より:

      らんさん、お久しぶりです。どうぞ、文芸部の一員になって参加してください。
      この部は、何でも言える自由な部ですから。
      ただし、先生はサンデル先生のように出しゃばりません。
      部員が主役です。

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