《無理を承知で》

題しらす よみ人しらす

しひてゆくひとをととめむさくらはないつれをみちとまよふまてちれ (403)

強ひて行く人を留めむ桜花いづれを道と迷ふまで散れ

「無理に行く人を留めよう。桜花はどれが道かとわからなくするまで散れ。」

「強ひて」は、「行く」にも「留めむ」にも掛かる。「留めむ」は、勧誘の助動詞「む」の終止形。ここで切れる。
引き留めても振り切って帰って行く無情の人を無理でも引き留めよう。だから、桜の花はあの人がどこを道とすべきなのか途方にくれるまで散ってしまえ。
やりきれない今の思いを歌にした。無理を承知で桜に命じている。そうすることで、少しでも心を穏やかにしようとしている。同時に、直接帰って行く人に言ってはいないが、何とかその心を動かそうとしている。前の歌との関わりでは、降る物繋がりである。雨には雨の、桜には桜の働きがある。その働きに縋っても、帰したくないと思う心が人には確かにある。作者はそれを捉えた。

コメント

  1. すいわ より:

    こちらはより「帰る」モードが強いですね。だからなのか、桜を味方につけようとしている。雨の歌では、まだ屋敷にいて帰るかどうしようかと迷っている姿が思い浮かびますが、こちらの歌では帰る人の後ろ姿しか思い浮かべられません。「帰り道を隠す桜吹雪、散り敷くこの美しさにきっと足を止めてくださるだろう。さぁ、力を貸して!」と桜に呼びかける。自分の事を思って足を止めるのでないところが詠み手には辛いですね。

    • 山川 信一 より:

      たとえ理由が何であろうと、女は男を引き留めたいのでしょうね。そんな強い思いが伝わってきます。

  2. まりりん より:

    前の歌は雨、この歌は桜。思う人を留める為の小道具のようです。
    歌を贈られた側は、乱れ散る桜の花びらに隠されて帰り道がわからなくなってしまった。仕方ない、帰るのは諦めよう。その代わり、ここに留まって花の舞を楽しもう、と。作者はそれを願っている。
    雨は、降ったら諦めるしかない一方で、桜は愛でて楽しめる分、足止めも前向きになれるかも知れません。

    • 山川 信一 より:

      有り得ないことであればあるほど、引き留める思いの強さを表せます。問題は相手がその思いを受け止めてくれるかどうかですが・・・。

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