第四十二段 ~モテる女~

 昔、男、色好みとしるしる、女をあひいへりけり。されど、にくく、はた、あらざりけり。しばしばいきけれど、なほいとうしろめたく、さりとて、いかで、はた、えあるまじかりけり。なほはた、えあらざりける仲なりければ、二日三日ばかりさはることありて、えいかで、かくなむ、
 いでて来しあとだにいまだ変らじをたが通ひ路といまはなるらむ
ものうたがはしさによめるなりけり。

色好み」は、恋の情趣を解する、恋愛対象としては理想的な女性である。「しるしる」は〈十分知る〉。男は、女が「色好み」だから〈モテるだろうな〉とよくよく知りながら、深い仲になった(「あひいへりけり」。「あひいへり」は〈逢う〉+〈言っている〉の意。)しかし、(そのことがわかっていたのに)女が憎く、また一方で(「はた」)、そうでもなっかった(「あらざりけり」)。(納得していたけれど、複雑な思いなのである。モテる人を好きになる心理である。)しばしば通ったけれど、やはりたいそう気がかりで(「うしろめたく」。他の男が通ってきているのではないかと気になるのである。)、だからと言って(「さりとて」)、行かないで、また(モテるんだから仕方ないと割り切って)気にしないでいられようか、いられない。(「「」は以下の打消推量「」と呼応して、〈できない〉の意を表す。)なおかつ、断ち切ることが出来ない(「えあらざりける」)仲だったので、二三日ほど、差し支える(「さはる」)ことがあって、(行きたくても)行くことが出来ず、このように詠んだ。
〈私が家を出た足跡さえまだ変わらずに残っているだろうに、誰の恋の通い路と今はなっているのだろうか。(「らむ」は現在推量の助動詞。)〉
女が何となく疑わしくて詠んだのであった。
 異性の愛は独占欲が強いものである。さて、女は浮気をしているのか。この歌で女心をつかむことが出来たか。まあ、難しいだろう。モテる女は、モテることで自分の価値を確かめているのだから。

コメント

  1. すいわ より:

    男のそわそわと落ち着かない気持ちが伝わってきます。気持ちは分からないではないのですが、ちょっとのやきもちなら可愛げもあるのでしょうけれど、あからさまな嫉妬心に疑念が加わった歌を送られたら、仮に浮気をしていなくても、女はいい気持ちはしないでしょう。自ら恋に幕を引いた事にも気付かない、そんな人には、「色好みの女」は恋の相手としてそぐわないのでしょう。「僕の彼女、素敵すぎてモテるんだよね!」と朗らかに言えるくらいでないと。

    • 山川 信一 より:

      この男にアドバイスしてあげたいですね。今一つ女心がわかっていませんよと。女は男の寛容さにこそ惚れるのですから。でも、現実にはそれほどのいい男はいないのでしょう。

  2. すいわ より:

    梓弓の時にも思ったのですが、男女の愛情の執着って根本的に違いがありますね。例えば男が浮気をした場合、女の嫉妬の矛先は相手の女に向けられるのが一般的だと思うのです。でも、女が浮気をした場合、男は相手の男でなく、女を責めて、ともすると命を奪うまでに至ります。「金色夜叉」「カルメン」「クロイツェルソナタ」、、、恋は一筋縄にはいかないわけですね。

    • 山川 信一 より:

      なるほど、男は自分が初めての男であることを求め、女は自分が最後の男であることを求めると言います。
      男はロマンチスト、女はリアリストなのでしょう。これはどこから来るのでしょうか。
      文化がそう育てたのかもしれません。ならば、男も女も文化の壁の中で愛し合っています。
      文化の壁を乗り越えた時初めて真に愛し合うことができるのかも知れません。

  3. らん より:

    男は自分に自信がないんですね。
    こんな風に疑われたら愛は冷めてしまいますね。
    こんな歌を読む暇があったら、女を振り向かせるために筋トレやって身体ムキムキに
    するとか、もっと前向きに自分を磨けばいいのになぁと思いました。

    • 山川 信一 より:

      これは失敗例として載っているのでしょう。こういう歌じゃ駄目ですよという。
      モテる女を独占しようなんて、どだい無理な話です。
      しかし、それでも、それなりの対処の仕方が有るのかもしれませんね。

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