《桜三昧》

うりむゐんのみこのもとに、花みに、きた山のほとりにまかれりける時によめる そせい

いさけふははるのやまへにましりなむくれなはなけのはなのかけかは (95)

雲林院の親王の元に、花見に、北山の邊に罷りける時に詠める  素性
いざ今日は春の山辺に混じりなむ暮れなばなげの花の陰かは

なげ:心の籠もっていない。いいかげんな。かりそめ。ちょっとした。
かは:反語を表す。「か」も「は」も終助詞。

「雲林院の常康親王の元に、花見に、北山の辺りに行った時に詠んだ  素性
さあ、今日は春の山辺に分け入ろう。そうしてそこで日が暮れたら、かりそめの花の陰であろうか、いやそんなことはない。」

雲林院は、桜の名所であった。75番の歌に「桜散る花の所は春ながら雪ぞ降りつつ消えがてにする」とある。94番の歌が『万葉集』の歌の語句を踏まえているのに対して、この歌は、75番の歌のイメージを踏まえている。こうして、作歌のバリエーションをまた一つ加えている。
この時期の雲林院は、まさに桜一色、桜の世界なのである。「かりそめの花の陰かは」とは、「宿を借りるのになんとも素晴らしい花の陰ではないか」という思いを表す。それは、日が暮れて、その姿が見えなくなっても、桜に包まれて寝ることの素晴らしさを表している。一日中、桜に包まれて過ごそうというのである。これは、常康親王が住まわれる雲林院の桜を讃える思いにもなっている。

コメント

  1. すいわ より:

    「さあさあ、心ゆくまで花を楽しみましょう、夕暮れてもなお隠しきれぬ春を」という感じなのでしょうか。「くれなはなけのはなのかけかは 」が取りにくかったです。夕暮れて見えなくなろうとも留まって楽しむ価値がある、値千金の春。共に過ごす人のあればこそでもあるように思います。
    薄闇にほの白く浮かぶ桜は灯りを灯したように見えたでしょうか、それすらも夜が飲み込んで見えなくなってしまったとしても、この春のひと日が消えてしまうことはないのですね。

    • 山川 信一 より:

      雲林院は、元は淳和天皇の離宮でしたが、常康親王に与え、親王御出家後に僧正遍昭に附属しました。それを踏まえると、次のような解釈もできます。
      この時既に親王には雲林院を出るの意志がお有りになっていた。それは雲林院をかりそめの宿とお思いになってのこと。そこで、それを押し留めようとして「けのはなのかけかは 」(=雲林院は仮の宿りではないですよ。この桜を楽しみましょう。)と言った。
      雲林院は、淳和天皇・常康親王・僧正遍昭・素性法師となかなか複雑な事情があったようです。

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