埋もれぬ名を長き世に残さんこそ、あらまほしかるべけれ、位高く、やんごとなきをしも、すぐれたる人とやはいふべき。愚かにつたなき人も、家に生れ、時にあへば高き位にのぼり、おごりを極むるもあり。いみじかりし賢人・聖人、自ら賤しき位にをり、時にあはずしてやみぬる、又多し。ひとへに高き官・位をのぞむも、次に愚かなり。
智慧と心とこそ、世にすぐれたる誉も残さまほしきを、つらつら思へば、誉を愛するは人の聞をよろこぶなり。ほむる人、そしる人、ともに世にとどまらず、伝へ聞かん人、又々すみやかに去るべし。誰をか恥ぢ、誰にか知られん事を願はん。誉は又毀りの本なり。身の後の名、残りてさらに益なし。是を願ふも、次に愚かなり。
「廃れない名を長い世に残そうとすることこそ、理想的なことに違いないが、位が高く、高貴であるのを、ただちに優れていると言えるだろうか、言うことはできない。愚かでつまらない人も、それなりの家に生まれ、時勢に巡り合えば、高い位に上り、贅沢を極めることもある。素晴らしく優れていた賢人・聖人が、自分から卑しい位におり、時勢に合わずそのまま没することもまた多い。一途に高位高官を望むのも利欲を望むことに次いで愚かである。
知恵と心とにおいてこそ世に卓越して優れているという名誉も残したいが、よくよく考えてみると、名誉を愛することは、世人の評価を喜ぶことなのだ。褒める人、そしる人、共にこの世に留まらず、伝え聞いたとしてもその人も、時をおかずこの世を去るに違いない。誰を恥じるのか、誰に知られることを願うのか、名誉は誹りのもとである。死後の名は、残って全く意味が無い。これを願うのも、高位高官を望むのに次いで愚かである。」
利欲に縛られる愚かさに続いて、名誉に囚われる愚かさについて述べている。不朽の名声を残すことを理想的であるとしながら、その求め方を二段階で否定する。まず、高位高官は、優れていることの目安にならないと言う。理由として、つまらない人物でも家柄や時流により、高位高官につくこともあり、賢人・聖人でも卑しい位にいると指摘する。次いで、名誉を愛することは、世人の評価を喜ぶことであると言う。しかし、世人の評判は、かりそめのものであり当てにならないと批判する。
兼好自身に不朽の名声を得たいという願いがあるのか、論の切れ味が悪い。否定の仕方が不十分である。
コメント
いかにもごもっともな事を言ってますが、この段は利欲、名誉に囚われる事を畳み掛けるように愚かだと非難する事で読者を制し、その上で本当に価値あるものとは(私のように)「智慧と心とこそ、世にすぐれたる」事で、それこそが「埋もれぬ名を長き世に」残すに値するものだ、と兼好の願望が露見しているように思います。自分よりも見劣りするものがたまたま出自が良い事で高官にある事を不満に思っているようだし、それを隠すために「自ら賤しき位にをり、時にあはずしてやみぬる」と対にして書いているけれど、時勢に合わなかった為に降格された、というのが本当のところでしょう。「おごりを極むる」為ばかりに高官を目指すとは限らないし、煮え切らない主張を誤魔化す為に「身の後の名、残りてさらに益なし」と逃げたのだな、と。いっそ「私よりも劣る人が」と書けば清々しいくらいですが、まぁ、書きませんよね。
鋭いご指摘です。本音を隠しながら読み手を誘導しようとするから、このように歯切れの悪い文章になるのでしょう。
兼好の悪いところが出てしまいました。