女たちの不快さ

十二日、あめふらず。ふんとき、これもちがふねのおくれたりし。ならしつよりむろつにきぬ。
十三日のあかつきにいさゝかこあめふる。しばしありてやみぬ。をんなこれかれ、ゆあみなどせむとてあたりのよろしきところに、おりてゆくうみをみやれば、くももみななみとぞみゆるあまもがないづれかうみととひてしるべくとなむうたよめる。さてとをかあまりなればつきおもしろし。ふねにのりはじめしひよりふねにはくれないこくよききぬきず。それはうみのかみにおぢてといひて、なにのあしかげにことづけてほやのつまのいずしすしあはびをぞこころにもあらぬはぎにあげてみせける

問1「くももみななみとぞみゆるあまもがないづれかうみととひてしるべく」とあるが、この歌にはどのような工夫がなされているか。
問2「なにのあしかげにことづけてほやのつまのいずしすしあはびをぞこころにもあらぬはぎにあげてみせける」とあるが、何が言いたいのか。

十二日の記述から舟が複数であったことがわかる。こうしてこの船旅の事情が少しずつわかってくる。
十三日、小雨が止むと女たちは湯浴みをするため、それにふさわしい場所を探して、海に降りていく。海の方を見やると、雲と波の区別が付かない。「漁師がいないかなあ、聞いて知ることができるように」と歌う。雲と波とが渾然一体となった風景だったのだろう。実は、それを歌う工夫はこの前の部分「おりてゆくうみをみやれば」にある。この部分は、地の文とも読めるけれど、「おりてゆく・うみをみやれば・くももみな・なみとぞみゆる・あまもがな~」と、ここから歌が始まっているようにも読める。そして、いつの間にか歌につながっている。地の文と歌をつなげたのだ。まさに、「いづれか歌とと問ひて知るべく」と言いたくなるほどだ。「雲と波の区別が付かない風景」を「地の文と歌をつなげた表現」で表しているのだ。(問1)
この日記は、フィクションとは言え、事実を題材にして、舟での帰京の実態を明らかにすべく、細部をリアルに表現している。では、女たちはどういう状態でどう感じていたのだろう。ここで注意しておかねばならないことは、女には、老女から童まで含まれているということだ。その事情を切り離して、言葉だけで考えてはならない。
九日に出港して以来、女たちはさぞ不快かつ不衛生な状況にいたのではないか。着たい物も着ることができず、何日も船底に閉じ込められて、満足に風呂にも入れないのだから。「もう限界!」と言った心境ではなかったか。こうなると、人目など気にしてはいられない。葦の葉陰ならかまわないだろうと、着物をまくり上げて体を洗っている。「みせる」は、〈意識的に見せつける〉以外に、〈うっかり見せてしまった〉の意もある。(「泣き顔を見せる(見せてはいけない)」「お金を見せてしまった」)これをどうして責められよう。これが船旅の実態なのだ。これを書かない訳にはいかなかった。貫之は、その様子をリアルに、しかも、下品にならないように表現している。(問2)

コメント

  1. すいわ より:

    地の文と歌をつなげた表現、気付きませんでした。目の鱗が落ちる思い、感動しました。
    今回、全体があまり良く分かりませんでした。若い子達が久々の湯浴み、歌の調子も朗らかで、気持ちが開放的になって、「素敵な漁師がいないかしら?こちらを見ないかしら?」、それを書き手の側が見ていて(女性設定の目線で)「葦の葉陰だからってヨシとは言えない(文字通り悪し)、そんなに大胆に裾をまくってはしたない!」と眉を顰めているのかと思いました。
    今以上に女性や子供、老人が旅するのは大変だった事が想像できます。

    • 山川 信一 より:

      貫之は、ありきたりの表現はしないと心得ていいようです。常に新しい試みをしています。そのつもりで読んでいきましょう。
      女には、老女から童までが含まれています。建前としては書き手も含まれます。それが、一月の寒い海にわざわざ湯浴みに行くのです。寒さを堪えても、そうしないではいられなかった状況にあったことがわかります。女にとって船旅は辛いものでした。
      貫之は、それを描かずにはいられなかったのです。どう描けば伝わるかに苦慮したのでしょう。

  2. らん より:

    そういうことだったのですね。
    ずっとお風呂に入れないなんて、すごく辛いことです。
    女性であればなおさらだと思います。
    船旅ですものね。お風呂ついてないですものね。
    身体を洗うことに夢中だったから、うっかり見えちゃったって感じですか。

    • 山川 信一 より:

      傍目など気にしている余裕など無かったということです。「見せる」は、その気が無いのにさらしてしまったという感じです。
      たとえば、こう言いますよね。「ヨーロッパ旅行では、財布を見せると大変なことになるから、気をつけなさい。」この「見せる」です。
      もう何日も体が洗えず、限界だったのでしょう。誰もそれをとがめられませんよね。

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