藤原忠房かむかしあひしりて侍りける人の身まかりにける時に、とふらひにつかはすとてよめる 閑院
さきたたぬくいのやちたひかなしきはなかるるみつのかへりこぬなり (837)
先立たぬ悔いの八千度悲しきはなかるる水の帰り来ぬなり
「藤原忠房が昔夫婦関係にありました人が亡くなった時に、弔問の使いをやるということで詠んだ 閑院
先立たない悔いが幾度も悲しいのは、流れる水が返って来ないからなのだ。」
「(先立た)ぬ」は、助動詞「ず」の連体形で打消を表す。「なかるる」は、「流るる」と「泣かるる」の掛詞。「(来)ぬなり」の「ぬ」は、助動詞「ず」の連体形で打消を表す。「なり」は、助動詞「なり」の終止形で断定を表す。
後悔は先立たぬものですが、それがいくら悔やんでも悲しいのは、流れる川が戻って来ないから、つまり、泣いたところで亡くなった人が戻ってこないからなのですね。
作者は、知り合いの伴侶が亡くなったことを知り、慰めの歌を送ることで、その悲しみに寄り添おうとしている。
哀傷歌には、自らの悲しみを直接詠むものだけではなく、喪に服す人の心を思いやり慰めるものもある。作者の閑院は、恋歌四の「相坂の木綿付け鶏にあらばこそ君が行き来を泣く泣くも見め」(740)の作者でもある。この歌は、女性の思いを詠んでいるので、作者は女性であろう。すると、忠房との関係が気になるところではある。微妙な感情が働いているようにも思えてくる。しかし、二人がどんな関係にあったとしても、人の死の前に際しては、個人の感情はひとまずお預けにするものなのだ。前の歌とは、川繋がりである。川の流れに人生をたとえるのは、中国古典以来の伝統である。それを拠り所にして、この歌も、個人の悲しみを自然の理に結びつけて相手を慰めている。特殊を一般に結びつけるのは、慰め型の一つの型である。それを一首の中に「・・・は・・・なり」という形に手際よくまとめている。編集者はそれを評価したのだろう。
コメント
どうにもならない悲しみ。こんな時、心の様子を誰かが言語化して共有してくれる事で理性的になれることがあります。この歌もそんな形で悲しみに暮れる人に寄り添っている。例えばどんなに尽くしていたとしても尽くし切れるものではない。水の流れが戻ってこない事と同様に。あなただけではない、ご自身を責めないで、と簡潔に伝える。その心が千年を越えて届くのですね。
親しい人が亡くなった悲しみにある人になんと言葉を掛けたらいいのか。その答えの一つがこの歌にありますね。言い過ぎることなく、そっと寄り添う。たとえば、自然の摂理を解きながら。