《歌の演出》

あひしれりける人のやうやくかれかたになりけるあひたに、やけたるちのはにふみをさしてつかはせりける こまちかあね

ときすきてかれゆくをののあさちにはいまはおもひそたえすもえける (790)

逢ひ知りける人の漸う離れ方になりける間に、焼けたる茅の葉に文を差して遣はせりける 小町が姉
時過ぎて枯れ行く小野の浅茅には今は思ひぞ絶えず燃えける

「交際していた人が次第に途絶えがちになった時期に、野焼きされた土地に焼け残っていた葉に手紙を差して贈った 小町の姉
時が過ぎて枯れていく小野の茅には、今は思いの火が絶えず燃えているなあ。」

「思ひぞ」の「思ひ」には、「火」が掛かっている。「ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「(燃え)ける」は、助動詞「けり」の連体形で詠嘆を表す。
小野の茅は季節が進み枯れていきます。一方、あなたは私(=小野)から遠退いて行きます。しかし、野焼きされた野に火が燻って残っているように、今は私の心にあなたを思う火が絶えず燃えているのですよ。
自分を小野の茅になぞらえて恋の心を表している。「小野」には、地名と作者の姓氏が掛かっている。歌を野焼きで焼けた葉に差して贈るなど手が込んでいる。小野の野火と作者の心の火が重なって感じられる。これでは、相手は作者を思わずにいられないだろう。恋が再び燃え上がるかも知れない。編集者は、こうした周到な演出を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    焼けた茅の葉に結ばれた歌、受け取った側は何事かと驚きますね。そして開いてみたらこの歌。「枯れ行く小野の浅茅」、心が離れて行って私にはもう浅い心しか残っていないのでしょうね、という気持ちがこれだけで伝わりますね。そんな彼女の心は、「今は思ひぞ絶えず燃えける」。貴方を思う火(貴方への思い)は絶えることなく燃え続けている、、枯れた茅の原、一たび燃え上がれば焼き尽くす事が出来る。そんな思いを私は今でも大切に持ち続けているのだなぁ、、。どうして欲しいとは一言も言っていないけれど、相手の心を燃え上がらせる種火は彼女が持っているのですね。

    • 山川 信一 より:

      この歌を焼けた茅と共にもらったら、男はさぞ驚きますね。野火が目に浮かぶし、作者の燃え尽きぬ心の火のおぞましさまで感じることでしょう。女の怖さに男が怖じ気づかないといいのですが・・・。

  2. まりりん より:

    燃えるような恋をしていたのでしょうか、、? 今は火もだいぶ小さくなったようですが、でも絶えず燻っていて、また激しく燃え上がることになるかも知れないですね。

    しばらく留守にしていて、長期欠席しました。
    また宜しくお願いいたします。

    • 山川 信一 より:

      前の状態を想像したのですね。燻っていると言うことは、燃え上がった証拠。また燃え上がるかも知れませんね。今を通して過去と未来に思いを馳せましたね。

      お帰りなさい。夏休みですから、ご旅行にでも行かれたのでしょうか。また一緒に学びましょう。こちらこそ、よろしくです。

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