《恋の形見》

返し 近院の右のおほいまうちきみ

いまはとてかへすことのはひろひおきておのかものからかたみとやみむ (737)

今はとて返す言の葉拾ひ置きて己がものから形見とや見む

「返し 近院の右大臣
今はと言って返す言葉を拾い置いて自分のものながら形見と見ようか。」

「(己が)ものから」は、「物から」と接続助詞「ものから」が掛かっている。「(形見)とや」の「と」は、格助詞でたとえを表す。「や」は、係助詞で疑問を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「(見)む」は、意志の助動詞「む」の連体形。
あなたが「今となっては」と言って返す、私があなたに送った手紙の言の葉を拾い置いて手元に残し、自分の物ではありますが、これをあなたとの恋の形見と見ましょうか。
作者は、次のように言い返す。自分の手紙の言葉は真実の言葉であり、自分がいかに相手を愛していたかの証しである。だから、自分の手紙の言葉に後ろめたさなど感じない。今となっては、終わった恋が真実の恋であったことを忘れないようにしたいと。
恋をしている時、男は精一杯女に誠意を尽くした。そして、恋が終わった今は、それを忘れないようにしようとしている。女には女の立場や思いがあるように、男には男の立場や思いがある。どちらが正しいとは一概に決められない。何事にも終わりがある。終わったことを嘆いても仕方がない。こう言えば、女の気も収まるのではないか。編集者は、こうした作者の考えと切り返し方を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    男は保存、女は上書き、、。女は読み返すことなく返すでしょう。男は自分の書いたものを読み返し、その都度都度ごとの女の返歌を思い返す。返された事でこの恋物語の一部始終が男の元に揃う。繰り返し、反芻し振り返る恋の形見。女は現実的、男は夢見がち。だから思わぬ時に恋がまた始まるのでしょうね。

    • 山川 信一 より:

      女は自分を忘れないように仕掛たのですね。そうすることで、男の中で恋が終わらないように、恋がまた始まることを願って。そうであれば、女の恋はまだ上書きされていませんね。

  2. まりりん より:

    前の歌で女が手紙の束を送り返したのは、終わった恋を早く忘れたいからではなくて、相手に自分を忘れさせないためだったのですね。全て計算して仕掛けたわけですか。。相手が手紙の束を燃やして処分したりなどしないことも、わかっていたわけですね。

    • 山川 信一 より:

      それでも、男はその手には乗りません。この恋は男に分がありそうですね。恋は惚れた方が負けという一面があります。

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