《失恋の嘆き》

題しらす つらゆき

いろもなきこころをひとにそめしよりうつろはむとはおもほえなくに (729)

色も無き心を人にそめしより移ろはむとは思ほえなくに

「題知らず 貫之
色も無い心をあの人色に染め始めてから色が変わろうとは思えないのに。」

「そめし」は、「染めし」と「初めし」の掛詞。「(そめ)し」は、過去の助動詞「き」の連体形。「(移ろは)む」は、推量の助動詞「む」の終止形。「(思ほえ)なくに」は、連語で詠嘆の気持ちを込めて上に述べたことを打ち消す意を表す。
私は、何色にも染まっていなかった私の心をあの人色に染めた。あの人を深く思い染め始めて以来、あの人以外の人に恋をするだろうとは思われないのになあ。浮気心など抱かなかった。それでも何が悪かったのか、恋を失ってしまった。もう二度と恋ができないだろうなあ。
作者は、失った恋を振り返り、あれやこれやと内省している。
この歌は、独白であろう。もはや相手に語る言葉は無くなってしまった。自分の心の中に生まれた恋は、相手への様々な働きかけを経て再び自分の心の中に帰ってきた。今は、自ら恋のどうにもならないさをかこつしかない。しかし、こうして失った恋を振り返り、一人嘆くことも恋のうちである。編集者は、この歌によって、恋のこの段階に於ける歌の働きを示しているのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    無色透明な心が恋する事で色彩を帯びる。身に纏った色を謳歌するも、いつの間にか色が褪せ、自分の存在すらも無くなってしまうかのようだ。他の何色にも染まらなかった。私が心変わりした訳ではない。なのにまさかこの恋を失うとは、、。さすがの貫之、恋の過程を簡潔に纏め上げましたね。

    • 山川 信一 より:

      恋を失うとは、恋人色に染まった心が色褪せることなのですね。そして、失恋を悔いと悲しみを伴った疑問を持って振り返るのでしょう。「なぜだ?何がいけなかったのか?」と。

  2. まりりん より:

    なるほど、恋を失うとは、色を失うこと。
    でも、あなた色に染まる前の無色透明な澄んだ心には戻れない。傷つき色褪せ、くすんでしまった。もう二度と美しく染まることはできないだろう。。

    • 山川 信一 より:

      この歌は「移ろはむ」をどう読むかで、解釈が変わりますね。私は「心が他に人に向かう」と読みました。「(移ろは)む」は未確定の助動詞だからです。しかし、まりりんさんのように「あなたに対する恋心が色褪せてしまった」と読むこともできそうですね。ただそれだと、何を悔やんでいるのでしょうね。

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