《泣き落とし》

題しらす よみ人しらす

いつはりとおもふものからいまさらにたかまことをかわれはたのまむ (713)

偽りと思ふものから今さらに誰が誠をか我は頼まむ

「題知らず 詠み人知らず
嘘だと思うけれども、今となっては誰の真実を私は頼りにしようか。」

「(思ふ)ものから」は、接続助詞で逆接を表す。「(誰が誠を)か」は、係助詞で反語を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「(頼ま)む」は、意志の助動詞「む」の連体形。
あなたは調子のいいことをおっしゃいますが、またいつもの嘘だと思ってしまいます。でも、今となっては誰の誠を頼みにできましょう。そんなことはもうできないのです。私はあなたの言葉を嘘だと思いながらも、それを頼りにするしかないのです。
散々嘘をつかれた女の訴えである。もう自分には、他に頼る誰の誠も無い。あなたの嘘に頼るしかいないのだと泣き落としに出ている。
女の嘆きは続く。前の歌の場面よりも更に深刻な状況になっている。あなたの嘘に縋るしかない、自分にはあなたしかいないと泣き落としという最後の手段に出ている。泣き落としという手段は、男が女にしても無駄であるけれど、女がすると男には効果がある。この歌は、そんな男女の心理を捉えている。編集者は、「偽り」を「誠」に転じようとする女の策略がよく表れている点を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    その場しのぎの上辺だけの優しい言葉なのだと、そんな事、今更分かりすぎるくらい分かっている。それでも他の誰でもない貴方の言葉が私の頼みなのです、たとえそれが嘘だとしても、、。何だか悲痛ですね。泣き縋られて男は絆されるのでしょうか。煩わしいと一層足が遠退くでしょうか。冷めた恋は温め直すのが難しそうです。

    • 山川 信一 より:

      女はギリギリのところに追い詰められいます。さて、男は絆されるか、煩わしいと思うか、泣き落としという一種の賭に出ています。ただ、泣き落としには、女より男の方が弱いようで、試みる価値はありそうです。

  2. まりりん より:

    作者の女性は、もう後がなくて泣き落としに出たでしょうか。相手が煩わしく思って却って離れてしまうかも知れないリスクも承知していた気がします。でも、もう手段がなかったのでしょうね。必死な思いを感じます。
    散々噓をつかれて悲しい思いをさせられても、それでも愛している。。恋は理屈ではないですね。

    • 山川 信一 より:

      この歌も恋の一場面を捉えていますね。女はこういう「賭」に出ることもあります。それで恋を失ってもそれは仕方がありません。恋はいつでも真剣勝負です。

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