《愛による禁止》

題しらす よみ人しらす(この歌は、返しによみてたてまつりけるとなむ)

なつひきのてひきのいとをくりかへしこしとけくともたえむとおもふな (703)

夏びきの手挽きの糸を繰り返し言繁くとも絶えむと思ふな

「題知らず 詠み人知らず(この歌は、返しに詠んで差し上げたと言う。)
麻の糸の手挽きのように繰り返し噂が立っても手を切ろうと思うな。」

「夏びきの手挽きの糸を」は、「繰り返し」を導く序詞。「(絶え)む」は、意志の助動詞「む」の終止形。「(思ふ)な」は、終助詞で禁止を表す。
夏になると、庶民は、麻を根ごと引き抜いて、その皮から手で繊維を引きだし、糸を紡ぎます。それを飽きることなく何度も繰り返します。それと同じように、繰り返し繰り返し私を悪く言う噂が度重なっても、私は気にしません。無責任な噂など、私の愛とは関係の無いことです。ですから、そのために私と手を切ろうなどと思わないでください。どうか、これまで通りお気持ちのままに私を愛してくださいませ。
天皇が作者の気持ちを気遣ってくれたことに対して答えている。噂を別れの理由にしてほしくないと言うのである。
序詞の「夏びきの手挽きの糸を」が利いている。噂を繰り返すという行為に具体的にイメージを与えている。そのしつこさが伝わってくる。この序詞は、読み手である天皇にとって新鮮なたとえであり、その心を動かしたに違いない。反面、それは、噂に負けない作者の強い愛を感じさせる働きをしている。つまり、「絶えむと思ふな」という禁止を際立たせている。編集者はこの序詞と禁止の取り合わせを評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    女は麻の繊維を取り出し紡いで行く作業、その煩わしさを知っているのですね。身分違いであることがここからもわかります。天皇にしてみたら自分には想像できない煩わしさな訳ですが、それを押してもどうかお通いになることを止めないで下さいと言ってくるところをいじらしいと思う事でしょう。女は女で自分の立場を弁えている事も伝わって来ます。麻の強い繊維、繰り返し繰り返し使う(通う)事でしなやかさも手に入る。庶民の強さに尊い人は惹かれてしまうのでしょう。

    • 山川 信一 より:

      「夏びきの手挽きの(麻)糸」は、その女性の強さしなやかさを暗示もしているようですね。自分は大丈夫です。そんなに柔じゃありませんとでも言っているのでしょう。これなら、天皇の心を捉えますね。

  2. まりりん より:

    丈夫な麻糸は、貴族より平民に好まれたでしょうか?
    麻は、洗濯を繰り返す毎に、水を通す毎に、柔らかく肌に馴染んでくるそうです。噂や困難な事が繰り返し起こっても、それを2人で乗り越えて、そしてその度に2人の絆はさらに麻のように強くなって、気持ちも穏やかになっていく、と言っているような。

    • 山川 信一 より:

      歌の言葉は、様々な効果を考えて使っていますね。一言も蔑ろにはできません。この歌は、「麻」の持つイメージで全体が包まれていますね。

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