題しらす よみ人しらす
きみによりわかなははなにはるかすみのにもやまにもたちみちにけり (675)
君により我が名は花に春霞野にも山にも立ち満ちにけり
「題知らず 詠み人知らず
君により私の噂は花々しくいっぱいに立ってしまったことだなあ。」
「春霞野にも山にも」は、「立ち」の序詞。「(立ち満ち)にけり」の「に」は、詠嘆の助動詞「ぬ」の連用形。「けり」は、詠嘆の助動詞「けり」の終止形。
季節は春。野にも山にも霞が立ち満ちて、様々な花が咲き乱れています。それはまるであなたによって花々しく立てられた私の噂のようです。春霞が野にも山にも立ち満ちるように、私の噂は世の中に行き渡ってしまいました。
作者は、相手によって噂が立ってしまったことを嘆いてみせている。しかし、悲嘆に暮れているだけではなさそうだ。一方で、恋が季節が移ろうように新たな段階に進んだことを受け入れようとしている。「花に春霞」がそれを表している。恋も季節と同じで移ろうもの、噂が春霞のようにあまねく行き渡っているのだから、こうなったら受け入れるしかないと相手に伝えている。
この歌は、噂が広まってしまったことへの当惑と恋が新たな段階に進んだことへの受け入れとも諦めとも言えぬ微妙な思いを表している。「詠み人知らず」なので、作者は男とも女とも考えられる。『古今和歌集』の歌の恋の歌はすべて嘆きの歌ではあるけれど、この歌にはわずかな喜びも見え隠れしている。編集者は、この微妙な思いを捉えた点を評価したのだろう。
コメント
前の歌と比べると、前の歌はいかにも騒々しく、それに比べるとこの歌は柔らかに花開く噂。あちらで咲いてひそひそ、こちらでも開いてさわさわ。ひそひそさわさわが満ち満ちる。それは桜が爛漫と咲き誇り辺り一面、春霞が掛かったよう。結婚が決まって男が公式に申し入れをする前に嬉しさのあまり口を滑らせ周りに知れて、口から口へ、女の友人たちにも話しが広がり「ご結婚が決まったのですて?おめでとう!」「まぁ、どちらでそんなお話を、、困ったわ、、」といいながら多幸感に包まれる、そんな様子を思い浮かべました。
いい鑑賞ですね。困った困ったといいつつも、隠しきれない作者の喜びが感じられますね。
あなたのせいで噂が広まってしまったと相手を責めながらも、深刻さは感じません。喜びさえも感じられるのは、「花」や「春」という言葉が使われているからでしょうか。恋人を美しく咲き乱れている花に例え、噂をその中に広がっている霞に例えた。この歌を詠んだのは、何となく男性のような気がします。
すいわさんは作者を女性として読みましたが、まりりんさんは男性ですか。「詠み人知らず」が生きていますね。いずれにせよ、「君」が使われているので、相手との親密度が感じられますね。