題しらす よみ人しらす
さよふけてあまのとわたるつきかけにあかすもきみをあひみつるかな (648)
さ夜更けて天の門渡る月影に飽かずも君を逢ひ見つるかな
「題知らず 詠み人知らず
夜が更けて天の川の渡し場を渡る月の光の元これで満足と思わず君を抱いたことだなあ。」
「さ夜」は、「夜」の歌語。「飽かずも」の「ず」は、打消の助動詞「ず」の連体形用。「も」は、係助詞で強調を表す。「見つるかな」の「つる」は、意志的完了の助動詞「つ」の連体形で動作の終了を表す。「かな」は、詠嘆の終助詞。
あなたに逢っていると何と時間が早く流れることでしょう。月の舟は天の海を渡って直ぐに夜が明けてしまいました。私は、月の光のもとであなたと愛し合いましたが、心が満たされることはありませんでした。それを思い出してため息をついています。心が満たされるまであなたと愛し合いたいのです。この辛い思いをわかってください。
作者は、昨夜の逢瀬を思い出している。「さ夜更けて天の門渡る月影に」というロマンチックな状況設定をしつつ、逢瀬を十分に堪能できなかったと不満を述べる。そのことで、相手に自分の恋の誠を伝えている。
「さ夜更けて天の門渡る月影に」は、二人が牽牛と織女であるかのように思わせ、女をうっとりさせるにふさわしい設定である。その上でこの逢瀬では飽き足らず、また逢いたい思いを表している。「逢ひ見つるかな」の「つるかな」は、既に終わってしまったことへの嘆きをよく表している。編集者はこうした点を評価したのだろう。
コメント
月影の中、二人だけがクローズアップされる。世界にたった二人、永遠にこの時が続けば良いのに。ロマンティックな物語に酔いしれたい、でも、天空の二人の逢瀬は年にたった一度きり。ゆったりと月は渡って行くようだけれど、素敵な時間はあっという間に過ぎてしまった、私たちの逢瀬は七夕のように待ちたくない。今すぐにでもまた、お会いしたいのです、、満たされたはずなのにまだ足りない、男の揺らぐ思いが満ちては欠ける月のようです。
自分たちを牽牛と織女になぞらえながらそうなりたくはない。直ぐにでも逢いたい。そんな思いが伝わってきますね。恋の願望は留まるところを知りません。
まあ、何てロマンチック!
先日のNHKの大河ドラマで、紫式部と藤原道長の月の光の下でのちょうどこのような場面がありましたね。美しいけれど、哀愁を感じて切なくなります。
確かにこの歌を連想させますね。脚本家はこの歌を踏まえたのかも知れません。あのシーンの前のやり取りには、道長が『古今和歌集』の歌を引用していましたから。「美しいけれど、哀愁を感じて切なくなります」同感です。