《梓弓のイメージ》

題しらす はるみちのつらき

あつさゆみひけはもとすゑわかかたによるこそまされこひのこころは (610)

梓弓引けば本末我が方によるこそ勝れ恋の心は

「題知らず 春道列樹
梓弓を引くと弓の元と末が我が方に寄るが、夜こそ勝る、私の恋は。」

「梓弓引けば本末我が方に」は「よる」を導く序詞。「よる」は、「寄る」と「夜」の掛詞。「こそ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を已然形にし次に逆接で繋げる。「勝れ」は、四段活用の動詞「勝る」の已然形。ここで切れ、以下は倒置になっている。
梓弓を引くと、弓の下の方も上の方も自分の方に寄ってきます。そんな風にあなたの心を引き付けられたらと思います。でも、どうもそう上手くは行かず、夜になると私の恋心は一層激しく募るのに、あなたは逢ってくれません。夜は独り寝するしかありません。この寂しさがおわかりでしょうか。
「梓弓」は、「いる」「ひく」「はる」「おと」などに掛かる枕詞である。この歌では「引けば」の枕詞になっている。「梓弓」は、武具のほか、神事などに使用されることもあり、神聖なイメージを持つ。作者は、そのイメージを利用して、自分の恋心を伝えている。
作者の言いたいことは、要するに夜逢いたいと言うことだろう。しかし、それをそのまま言うと露骨で下品になりかねない。そこで、「梓弓」を出すことによって和らげている。編集者はこうした細心の配慮を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    「神聖なイメージを持つ梓弓」、女神として仰ぐ。歌に詠まれた人は悪い気はしないでしょうね。白真弓の時にも思いましたが弓は武具ではあるけれど柔らかな曲線が女性をイメージするのでしょうか。
    抱き寄せたくて弦を引いてみる。そうすると引く力より尚強い力でより一層心を引き寄せられてしまう。
    「寄る」と「夜」が掛かっている事に気付きませんでした。もっと大人な歌でした。恐れ入りました。

    • 山川 信一 より:

      『伊勢物語』の「あづさ弓ま弓つき弓年を経てわがせしがごとうるはしみせよ」が思い出されますね。弓はその曲線が女性をイメージさせるのでしょう。そう言えば、「弓子」とか「真弓」という名前もあります。「夜」は、「弓」のようにしなやかな女性に寄り添い引き寄せる時間帯です。

  2. まりりん より:

    夜はタダでさえ想いが募りますものね。そう言えば、梓弓…に限りませんが弓は半月型で月を連想させますね。夜空に浮かび上がる月。神聖で、魔力でも宿っているかのように引き寄せられる。近づきたいのに叶わない。そんな月と弓のイメージが重なります。

    • 山川 信一 より:

      確かに、弓と三日月は似ていますね。弓から月への連想はあり得ます。梓弓には、引き寄せられるけれど、近づけない、そんなイメージを抱きますね。

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