題しらす 読人しらす
ひとしれすおもへはくるしくれなゐのすゑつむはなのいろにいてなむ (496)
人知れず思へば苦し紅の末摘花の色に出でなむ
「人知れず思うので苦しい。紅の末摘花のように顔色に出してしまおう。」
「(思へ)ば」は、接続助詞で原因理由を表す。「紅の末摘花の」は、「色」を導く序詞。「(出で)なむ」の「な」は、完了の助動詞「ぬ」の未然形。「む」は、意志の助動詞「む」の終止形。
あなたのことを人知れず思うので、苦しくてなりません。もうこれ以上耐えられません。なぜなら、私のあなたへの思いは、尋常のものではないからです。いっそのこと、紅花の色のようにはっきりと顔色に出してしまうと思います。それでもかまいませんか。許して頂けますか。
植物を題材にした歌が続く。この歌では「紅」が恋の熱情を暗示・象徴している。作者は、このたとえによって、自らの熱情のほどを恋の相手にわかって貰おうとしている。恋は秘め事である。恋などしていないように振る舞わねばならない。しかし、顔色に出ないように絶えず気を遣うことは苦しい。思いが強ければ尚更のことである。作者は、こう言うことで、恋を動かそうとしているのである。
ちなみに、「末摘花」が『源氏物語』の巻名になっているのは、この歌が影響しているのだろう。
コメント
返し
紅の末摘花を目にすれば君をば思ふ恋もあるかな
紅色の末摘花が道端に咲いていました。それを眺めながら、先日お見かけした時にお顔を紅くされていた貴方様を思いました。恋しいお方、苦しみはわたくしも同じです。
こんな歌が貰えたら、作者は嬉しいでしょうね。では、私も女に代わって一首。
*紅の末摘花の色に出で袖を染めたる君に染まらむ お心を受け入れます。
恋は二人だけのもの、秘すれば花、秘密という「蜜」として隠す傾向の恋心を露わにしてしまおうと言う。なかなか強引で、停滞した関係を一気に覆し、一歩関係を進めようとしているのでしょうか。紅の色が鮮烈に広がって燃える心を印象付けます。
「紅の色が鮮烈に広がって燃える心を印象付けます。」は、末摘花にふさわしい素敵な鑑賞です。
女心をいかに動かすか、時には強引な態度も効果的ですね。