《鳴き声の意味》 巻十:物名

うくひす 藤原としゆきの朝臣

こころからはなのしつくにそほちつつうくひすとのみとりのなくらむ (422)

心から花の雫に濡ちつつ憂く漬ずとのみ鳥の鳴くらむ

「うくひす 藤原敏行の朝臣
心から花の雫に濡れながら嫌だぐっしょりだとばかり鳥が鳴いているのだろう。」

「(濡ち)つつ」は、反復継続の接続助詞。「のみ」は、限定の副詞。「(鳴く)らむ」は、現在推量の助動詞「らむ」の終止形。
自分の心から花の雫に濡れながら、どうしてつらいよ羽が乾かないよとばかり鶯は鳴いているのだろう。
「物名」は、「もののな」と読む。与えられた題の言葉を一首の中に詠み込む。内容は、その題に関連してもしなくてもいい。この歌では、「うぐひす(鶯)」に「憂く漬ず」が掛けてある。この場合、清濁は問題にしない。歌の技巧の見せ所である。如何に気の利いた歌を詠むかが問われる。
恐らく「うぐひす」とは、鳴き声を模したものだろう。その証拠に、「ホトトギス」「カラス」「キギス」「カケス」など、鳥の名の最後に「す」が来ることが多い。そうすると、鶯は「うくひす、うくひす」と鳴いていることになる。そして、その意味は「憂く漬ず」なのだと言うのである。
しかも、単なる言葉遊びの歌ではなく、鶯の様子が具体的に見えてくる。「物名」の巻頭を飾る見事な歌である。

コメント

  1. まりりん より:

    「うぐひす」が「うくひす(憂く漬ず)」と鳴いている、と。なるほど、そう考えると本当にそう鳴いているように聞こえてきます。ここでは、鳴き声で言葉を発しているのですね。そして鶯はしっかり自己主張をしている。面白い目の付け所ですね〜
    鳥の名前の最後に「す」が多いことは、今まで全く気が付きませんでした。目から鱗の発見です。

    • 山川 信一 より:

      これは「やられた!」という感じですね。詩はどちらかと言えば、情緒的発見です。けれど、この歌の内容は知的発見でもあります。
      語源は証明が難しいです。でも、きっと共通点があるんだろうなあと思える言葉が多いです。他にも、「しま(島)」「ぬま(沼)」「はま(浜)」「あま(海)」などの「ま」は、多分「間」なのでしょうね。

  2. すいわ より:

    春の始まり。真っ先に咲く梅の花の間を、蜜を求めて飛び交う鶯。その鳴き声は「あぁ、翼がこんなに濡れて乾かない」と聞こえる。自分で花の中に飛び込んでおきながら「憂」と歌うけれど、、体いっぱい、滴るほどに春を満喫しているのだ。思う存分、春に浸り尽くす。
    もののなの知恵比べ、これは楽しい!

    • 山川 信一 より:

      物名は和歌の楽しみ方を教えてくれます。これほど見事には行かなくても、自分でも試みたくなりませんか?『古今和歌集』の歌は知的です。

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