ふちはかまをよみて人につかはしける つらゆき
やとりせしひとのかたみかふちはかまわすられかたきかににほひつつ (240)
宿りせし人の形見か藤袴忘られ難き香に匂ひつつ
「藤袴を詠んで人にやった 貫之
私の所にお泊まりになった君の形見のものであるか、藤袴。藤袴は、君のことが忘れられない、その香りに匂っていることだなあ。」
「宿りせし」の「し」は、過去の助動詞「き」の連体形。「形見か」の「か」は、疑問の終助詞。ここで切れる。「藤袴」は、独立語であるが、意味上は上下に掛かっている。「忘られ」の「忘ら」は四段動詞「忘る」の未然形。「れ」は自発の助動詞「る」の連用形。「匂ひつつ」の「つつ」は、接続助詞で、継続・詠嘆を表す。
作者の家に泊まって帰って行った友。その友の元に名残惜しい今の思いを歌にして贈る。友は、藤袴を思わせる紫色の袴を履いていた。そして、藤袴の香を薫きしめていた。その香りが今でも残っている。それにより友のことを思い出してしまったと言うのである。また来てくださいという思いも伝えている。
野に咲く藤袴は、色の印象は強いけれど、あまり匂わない。言わば、香りではなく、目を楽しませる花である。しかし、藤袴は、たとえ花が終わっても、薫香として香りを残す。つまり、今だけでなく未来も楽しませる花である。友のことはこれをなぞらえている。
コメント
「やとりせしひと」、詠み手にとって特別な人なのでしょう。お見送りした後も高貴な佇まい、馥郁とした香りの余韻が鮮明に思い起こされる。その人の優美な印象そのものの藤袴を、わざわざ野に出て摘み取り歌に添えて送ったのでしょう。「名残惜しい、またのお越しを」といったところでしょうか。色といい、香りといい、この花に喩えられて歌を受け取った人はきっと嬉しいですね。
藤袴は、こんな風に歌い使えるのですね。貫之は歌の見本を見せてくれました。藤袴とその人の印象が重なりつつ、二人の関係までも見えてきますね。さすが貫之の歌ですね。