《雪に見紛う桜花》

寛平御時きさいの宮の歌合のうた  とものり

みよしののやまへにさけるさくらはなゆきかとのみそあやまたれける (60)

み吉野の山辺に咲ける桜花雪かとのみぞ過たれける

みよしの:奈良県吉野地方。「み」は美称。
過たれける:「れ」は自発の助動詞「る」の連用形。

「寛平御時后の宮の歌合の歌  紀友則
み吉野の山の辺りに咲いている桜の花は、雪かとばかり自然に見間違えることだなあ。」

桜の花を、霞、白雲に続いて、雪にたとえた歌を載せる。桜の花は、他の自然物にたとえやすい。それは強烈な個性に欠けるからでもある。それでいて、春の季節に溶け込み、春を彩る。そのつかみ所がない頼りなさが桜の個性なのだろう。
吉野と言えば、当時から桜の名所として名高い。一方、雪景色の美しい所としても認められていた。吉野は、桜も雪も似合う所なのである。そこで、作者は、桜を見ながら雪景色を想像している。両方をいっぺんに味わっているのである。

コメント

  1. すいわ より:

    「つかみ所のない頼りなさ」、なるほど梅の花のように香り高い訳ではなく、花も木の全体を見て初めて仄かなひと色を表せる、咲いたと思ったらあっという間に散っていく、そうした意味で主張の強い花ではありませんね。
    山を覆う雪と見紛う程、一面に桜が咲くのですね。吉野の桜、一度は見に行ってみたいです。

    • 山川 信一 より:

      何かを伝えたいのに、ぴったりした言葉がない、そんな時に比喩を用います。桜はそんな花なのでしょう。
      たとえを用いなければ、そのよさを表現できない花、それが桜です。

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