いきなり飛び上がる

 そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上った。そうして聖柄の太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよった。老婆が驚いたのは云うまでもない。

 春菜先輩の番だ。ここは下人の行為が書かれている。そこから心理を読み取るんだね。
「下人は、なぜ「いきなり」飛び上がったのでしょうか?」
「下人は勇気に欠ける男だから、ここで躊躇していると決心が鈍る。自分でもそのことがわかっていたから、決心が鈍らないようにするため勢いを付けたんだ。」
「聖柄の太刀に手を掛けながら、大股に前に歩みよったのはなぜ?」
「自分に自信がないので、そうしないと老婆が驚かないと思ったから。」
「老婆に対するにしては、過剰な行為だよね。」
「この段落は、描写が中心だけど、「老婆が驚いたのは云うまでもない。」だけが説明になっている。なぜだろう?」
「次の展開への準備になっているから。もしこれが、すぐに老婆の反応の描写になっていたら、慌ただしい感じがする。そこで、間を作った。読者の心理を計算しているんだ。」
 文章は、読者との対話でもある。ならば、言いたい内容を受け入れてもらうための間が大切になる。それを意識して書く必要があるんだね。物語の展開のスピードをコントロールしていると言うこともできる。

コメント

  1. らん より:

    「ここで、老婆は驚いた」みたいな文章でつながると、確かにあわただしい感じがしますね。

  2. すいわ より:

    下人、今までで一番素早く大きな動きをしました。素手で相手にしても力は老婆に優っているでしょうに、太刀の柄に手をかけてまで勢い付けなければ出られない。やっている事の荒々しさがむしろ臆病者の証明をしているようです。それにしても話の緩急の付け方が絶妙です。おどろおどろしい重い空気の場に下人の動きが入る事で空気が動き、次の展開へと自然に誘われます。

    • 山川 信一 より:

      小さな犬ほどよく吠えます。下人は相手を怖がらせるなんてことは初めてだったのでしょう。
      臆病さが際立ちますね。話の進め方が自然なのに、理にかなっています。さすがですね。

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