《冬の旧都》

ならの京にまかれりける時にやとれりける所にてよめる 坂上これのり

みよしののやまのしらゆきつもるらしふるさとさむくなりまさるなり (325)

み吉野の山の白雪積もるらし古里寒くなり勝るなり

「奈良の都の行った時に宿をとったところで詠んだ  坂上是則
吉野の山の白雪が積もるらしい。旧都は一層寒くなるようだ。」

「み(吉野)」は、美称の接頭辞。「らし」は、根拠のある推定の助動詞の終止形。ここで切れる。「(勝る)なり」は、推定の助動詞「なり」の終止形。
奈良の旧都にやって来た。やはり鄙びた感は否めない。いにしえの栄えはもうない。。夜になると、宿は冷えて来た。吉野の山に白雪が積もるらしい。その気配がひしひしと伝わってくる。これから旧都は一層寒くなると思われる。侘しさが募ってくる
二重の推定である。「らし」の根拠も「なり」の根拠もはっきりとは書かかれていない。しかし、「らし」の根拠は、旧都の宿の冷えだろう。衰えた旧都にあって、寒さが一際強く感じられたのだろう。それによって、吉野の山に白雪が降り積もると推定し、その様子を想像する。そして、その推定を根拠として、旧都がこれから一層寒くなることを推定する。聴覚推定の「なり」が使われているから、風の音でも聞こえてきたのかも知れない。
冬の旧都に宿れば、きっとこんな風に感じるのだろう。冬の旧都の情緒を表している。

コメント

  1. すいわ より:

    冬ともなると都の底冷えは耐え難いものだ。旧都のここではその寒さもかつての華やかさが失われている分、殊更に骨身に沁みる。
    吉野の山には雪が積もるのだろうか、白い冬の音が聞こえて来る。あまりの寒さに私はあのお山の頂のように頭から掛け物を被り、目を閉ざして降り積もる歴史の底に沈む。その暗さが一層寒さを感じさせる。一方で吉野山は弥増しに白く尊く「ふるさとさむくなりまさるなり」。
    「なり」は聴覚推定なのですね。目を閉じて聴力に集中して遥か彼方の山と自分を細い糸で繋げ、その声を聞いているような感覚になりました。

    • 山川 信一 より:

      「らし」の推定と「なり」の推定が響き合った素敵な鑑賞です。吉野の山の白雪の降る音をこころの中で聞いているのですね。白雪のイメージが降る音のイメージを喚起し、旧都の現在寒さと荒廃とが過去の栄耀を呼び覚まします。旧都の宿で夜を迎える作者の心が伝わって来ます。

  2. まりりん より:

    旧都には久しぶりに訪れたのでしょうか。かつての栄華はなく鄙びてしまった様子にやはり落胆してしまう。そこに寒風と共に雪が降って来る気配がしてきて、より一層寒さが身に沁みる。しかし、雪が積もれば鄙びた旧都も雪化粧される。作者は、それに心癒されるようにも感じます。

    • 山川 信一 より:

      この歌も冬の旧都に宿った時の実感です。部屋の中にいても、思いは時間空間を行き来します。上の句は空間、下の句は時間への思いを表しています。これは、作者自身の発見であり、同時に誰もが共感できる思いでもあります。

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