「セリヌンティウス。」メロスは眼に涙を浮べて言った。「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」
セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯き、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑み、
「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」
メロスは腕に唸りをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。
「ありがとう、友よ。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
今回は順番が入れ替わった。今回は美鈴が発表した。つまり、この作品のトリはあたしになったのだ。
「ここは、メロスとセリヌンティウスが友情を確かめるシーンです。確かめると言うより、守るかな?凄く荒っぽいやり方で守ります。「殴る」という言葉が何度も繰り返し出て来ます。女の子にはあり得ない、男っぽいやり方です。なんか、さっぱりしていいなって思えます。友情の基本は、嘘をつかないことだと思いました。メロスがセリヌンティウスを裏切ろうとしたことは、自分で言わなければわかりません。でも、それを隠し続けたら、後ろめたくて、これまで通りの関係ではいられなくなります。だから、正直に言いました。メロスは、どこまでも自分に正直に生きていたいと思っていたのです。これは、セリヌンティウスも同じでした。セリヌンティウスは、メロスにふさわしい友でした。二人は、友情が壊れなかったことを本当に喜んでいます。太宰治は、理想的な友情を描きたかったんだと思います。」
美鈴は、上手にまとめたな。もうすぐ中2だもんな。この一年で凄く成長した。
「太宰は、男同士の友情を描きたかったのね。だから、美鈴が言うように「殴る」が強調されているのよね。友情の基本は、嘘をつかない、正直でいることと言うのもその通りね。自分に都合の悪いことを隠していては、心は通い合わないわね。これは、眩しすぎるくらいの友情ね。」と真登香班長が同意した。
「ベタな友情だけど、ここまで読んだ後ではあまり気にならないな。あれだけのことがあったんだからね。でもさ、一般に他人を殴るというのは良くないことだけど、いつでも良くないわけじゃないんだね。規則には、どんな場合にも当て嵌まるものもあれば、当事者同士が納得していればいいんだというものもある。太宰は、そういう柔軟な考えが大事だって言ってるんじゃないかな?」
若葉先輩がユニークな視点から切り込んだ。あたしは、納得して言った。
「罪を犯してしまい、それを償いたい、許しを請いたいと思うことがあります。その一つの形を示したんじゃないでしょうか?お互いが納得できる方法であればいいんだって。あたしも若葉先輩の意見に賛成します。」
いよいよ次回は、最終回だ。どうまとめようか?でも、それで班長が順番を変えたんだから、期待に応えないと。
コメント
「刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った」のですね。群衆に取り囲まれ、もはや陽も落ちて薄暗がり、視界が遮られる中、高らかに響くお互いを許す為に頬を打たれ合った音、きっと王の元にまで届いたことでしょう。隠し事のない真の友情、信実を闇も覆う事は出来ない。手加減無しの様子が本当にお互いを信頼していればこそ、ですね。
こんな風に殴り合える友は、誰しもの理想ではないでしょうか?太宰治は自分の理想を描いたのでしょう。