告白

 あの模範少年でなくて、ほかの友達だったら、すぐにそうする気になれただろう。彼が、僕の言うことをわかってくれないし、おそらく全然信じようともしないだろうということを、僕は前もってはっきり感じていた。そのうちに夜になってしまったが、僕は出かける気になれなかった。母は、僕が中庭にいるのを見つけて、
「今日のうちでなければなりません。さあ、行きなさい。」
と、小声で言った。それで、僕は出かけていき、
「エーミールは?」
と尋ねた。彼は出てきて、すぐに、だれかがクジャクヤママユをだいなしにしてしまった、悪いやつがやったのか、あるいは猫がやったのかわからない、と語った。僕は、そのちょうを見せてくれ、と頼んだ。二人は上に上がっていった。彼はろうそくをつけた。僕は、だいなしになったちょうが展翅板の上に載っているのを見た。エーミールがそれを繕うために努力した跡が認められた。壊れた羽は丹念に広げられ、ぬれた吸い取り紙の上に置かれてあった。しかし、それは直すよしもなかった。触角もやはりなくなっていた。そこで、それは僕がやったのだ、と言い、くわしく話し、説明しようと試みた。

「「僕」にも、そうするしかないのはわかっていたけど、エーミールの反応を思うと行動に移せなかったのね。」と明美班長が言う。
「自分の言うことをわかってくれないって予想できたんですね。だから、出かける勇気が出ずにぐずぐずしていた。」とあたしが答えた。
「逆に言うと、どんな仕打ちが待っているのかが予想できたので、恐ろしかったからだよね。」と若葉先輩が言い換えた。
「それを見た母は、「僕」が自分の罪をエーミールに知られたくないので、行こうとしないんだろうと思ったんだね。理解のある母も、「僕」の真意まではわからなかったみたい。」と真登香先輩が母の気持ちを推し量った。
「「小声で言った」のはなぜ?」と明美班長が聞いた。
「命令ではなく、自分の意志で行ってほしかったんだよ。それにこのことを自分と「僕」だけの秘密にしておきたかったのかもしれない。他の人には聞かせたくなかったのかも。」と若葉先輩が答えた。
 本当にいいお母さんだなあ。息子のことを本当に愛しているのね。
「とうとう母に促されて出かける。それしかないと思っていたし、母の言いつけに逆らいたくなかったから。母が自分の味方であることはわかっていたから。」と真登香先輩が言い足した。
 お母さんは、唯一の味方だものね。逆らえないよね。
「エーミールがすぐにちょうの話をしたのはなぜだろう?」と明美班長が質問した。
「それまでの時間、ちょうの修復に夢中だったからかな?」とあたしが答えた。
「それもあるけど、それをやったのが「僕」だと既に予想していたからじゃない?だって、女中は「僕」の姿を見ている訳だし。」と真登香先輩が反論した。
「でも、証拠は無いし、犯人が自分から告白するとも思っていない。だから、取り敢えずこう言った。」それを受けて若葉先輩が言い足した。
 エーミールの人間観ならそうかもしれない。
「「僕」はエーミールにちょうを見せてほしいと言う。エーミールがだいなしになったクジャクヤママユを何とか繕おうと努力した跡を認める。そして、もうどうすることもできないことを確認する。でも、なんでそんな手順を踏んだのかな?」と明美班長が聞いた。
 次々に意見が出た。
「もしかしたら、修復されているかもしれないと思ったんじゃない?淡い期待を抱いていたのかも?」
「そうじゃないと言葉が出てこなかったからじゃない?」
「そうだね、初めから自分がやったとは言えないよね。」
「その上で自分がしたと言い、理由を説明しようとする。無駄なことはわかっていても。」
「「僕」には、エーミールの性格がよくわかっていたからね。」
 この時のエーミールの心理、「僕」の心理がわかるように行動が描かれている。直接心理は書かれていなくてもそれがよくわかる。心理をわからせるためには、むしろそれを直接描かない方がいいのかもしれない。

コメント

  1. すいわ より:

    母が小声で促したのは、周りに知られたくない為ではないように思います。あくまでも「僕」の意志で過ちを認め償えるよう、頬に手を添え目を見つめて話かけているような様子が想像されます。エーミールの「だれかがクジャクヤママユをだいなしにしてしまった」という言葉が「あぁ、やっぱりお前だったのか」という冷ややかな心の声に変換されて聞こえてきます。
    仄暗いろうそくの灯りの下、無残な姿を晒されたクジャクヤママユ。と同様に蝶を損ないボロボロな心の「僕」。
    大人になった「僕」はランプの灯りの中の蝶を見てこの時のことを思い出していたのでしょう。

    • 山川 信一 より:

      大人になった「僕」が思い出したのは、まさにこの時のクジャクヤママユでしたね。
      長く長く記憶されることになります。その後のエーミールとのやり取りと一つになって。

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