第百二十五段 ~男の死~

 昔、男、わづらひて、心地死ぬべくおぼえければ、
 つひにゆく道とはかねて聞きしかどきのふけふとは思はざりしを


 昔、男が病気になって、心持ちが悪く死ぬに違いないと思われたので、
〈死が最後に行く道であるとはかねてから聞いていたけれど、その道を自分が行くことになるのが昨日今日に迫っていたとは思っていなかったなあ。〉
 歌の内容は、死が迫っていることを自覚した時の思いを表現している。恐らく実際には個々人様々であるに違いない。しかし、共通してあり得べき思いを想像すればこうだろう。
 この段は、物語を終わらせる役割を持たせている。一人の男の恋の遍歴としては、無理矛盾もあったけれど、それでも「」がこの物語を通しての主人公であった。だから、この「」の死を以てこの物語を終わらせているのである。
 この歌は『古今和歌集』哀傷に「病ひして弱くなりにける時よめる」という詞書きで業平の歌として載っている。つまり、業平の物語としても読めるようになっている。そう読んだ方が業平に惹き付けて興味深く読めるからである。読者心理を想定した配慮である。業平は恋多き人生を送った者として、この物語の主人公のモデルにふさわしい人物だったのだろう。ちなみに、業平は五十六歳で亡くなっている。

コメント

  1. すいわ より:

    前段の問いかけの後、長の暇とは。あまりの退場の鮮やかさに言葉もありません。男の心の遍歴を辿ることで、読み手は知らず自らの人生をも振り返る。「恋の教科書」、詰まる所、自我の目覚める年頃から人生の終焉までのそれぞれの世代、他者に対して真摯に向き合う姿を余すところなく描かれていたのだと思いました。百二十五段、全て読み通せると思っておりませんでした。嬉しいです。
    ありがとうございました。

    • 山川 信一 より:

      これぞ学ぶべき古典でしたね。男の恋の遍歴を通して、生きることを考えることができました。自分を映し出す鏡でした。読み応えのある作品でしたね。
      教えることは最も良く学ぶことです。そして、教育は教師と学生の共同作業です。お陰様でいい〈授業〉ができました。こちらこそ、心から感謝しています。
      ありがとうございました。

  2. らん より:

    感無量です。
    先生のおかげで伊勢物語を全部読むことができました。
    このことは私の誇りです。
    伊勢物語を通してたくさんのことを学ぶことができました。
    先生、ありがとうございました。
    またこれからも先生の授業を楽しみにしています。

    • 山川 信一 より:

      素晴らしい思いに感激しました。教師冥利に尽きます。
      あなたの誇りに貢献できてよかったです。
      最後まで読んでくれてありがとうございました。
      いい教師はいい生徒がつくるものです。今それを実感しています。

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