山川 信一

古典

第一段 その三

男の着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。その男、しのぶずりの狩衣をなむ着たりける。  春日野の若紫のすりごろもしのぶの乱れかぎりしられず となむおいつきて言ひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけむ。  陸奥のしのぶもぢずり誰ゆ...
古典

第一段 その二

昔、男初冠(うひかうぶり)して、平城(なら)の京(みやこ)、春日の里に、しるよしして、狩りに往にけり。 その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。この男かいまみてけり。 思ほえず、ふる里にいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。 ...
古典

第一段 その一

昔の話なのである。「昔」は、心理的過去を表す。「いにしへ」は、事実としての過去。要するに、現在とかけ離れていると思えれば、「昔」である。違いが感じられれば、数時間前でも「昔」である。たとえば、百人一首にもある次の歌はそのことをよく示している...