第一段 その二

昔、男初冠(うひかうぶり)して、平城(なら)の京(みやこ)、春日の里に、しるよしして、狩りに往にけり。 その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。この男かいまみてけり。 思ほえず、ふる里にいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。

 初冠とは、〈元服して初めて冠をつけること〉である。加冠、烏帽子着ともいう。男子が成人し、髪形、服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかった。概ね、十一歳から十七歳の間に行われた。ここで注目すべきは、なぜ他の語ではなく、「初冠」を使ったかである。当然「初」を印象づけたかったからである。つまり、「男」の若さを訴えているのである。
「しるよしして」とは、〈その土地を領有するゆかりがあって〉であるから、貴族の話であることがわかる。若くして、土地持ちなのである。成人して、土地を与えられ、狩りに出かける。すっかり、一人前の男として振る舞っている。そして、次に行うのが恋愛というわけである。恋愛には、作法がある。つまり、歌の贈答だ。この作法を実行できて初めて、一人前の男と言えるのだろう。
「なまめいたる」の「なま」は〈生〉の意だから、〈初々しい美しさ〉を言う。新鮮さを感じさせる美しさである。それをこっそり見てしまったのである。「かいまみてけり」の「て」は完了の助動詞「つ」の連用形である。「つ」は意志的完了である。「ふる里」は古都で、平城の京(奈良の都)のこと。「はしたなし」は、落ち着かず不安定だ、中途半端だの意。姉妹が優美で「ふる里(=古都)」には似つかわしくなかったのだ。その意外性に男は気持ちを惑わしてしまった。意外性は、一般に感動を増幅する。
 男が恋したのは、「はらから(=姉妹)」である。これは男の自然な思いを表している。男は複数の女の同時に惹かれる。男は自分の思いに素直に従っている。当時は、一夫多妻制の時代であるからなおさらであろう。そもそも、ヒトは生物的に一夫多妻だと言う。一夫一妻制は文化による都合である。

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