《体の疼き》

題しらす よみ人しらす

あかつきのしきのはねかきももはかききみかこぬよはわれそかすかく (761)

暁の鴫の羽掻き百はがき君が来ぬ夜は我ぞ数書く

「題知らず 詠み人知らず
暁の鴫の羽ばたきは数が多い。あなたが来ない夜は私がもっと数を書く。」

「(来)ぬ」は、打消の助動詞「ず」の連体形。「(我)ぞ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を連体形にする。「書く」は、四段活用の動詞「書く」の連体形。
あなたが来てくださらないので、明け方まで眠れませんでした。すると、明け方に遠くで鴫が繰り返し翼を羽ばたかせる音が聞こえてきます。しかし、鴫ならぬ私はそれ以上に一晩中何度も何度も床の中で体を動かしていましたよ。
作者は、一晩中恋人を待って、体が疼くばかりだったと言う。
この歌は、恋人が来ない夜の体の疼きとその辛さを鴫の羽掻きという比較の対象を用いて伝えている。それにより官能的な内容を上品に仕上げている。編集者は、この比較の対象の発見を評価したのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    愛しい人が来ないまま夜明けを迎えようとしている。身繕いをしているのか、鴫の羽ばたく音が聞こえてくる。何度も、それは何度も。でも、貴方を待つ私はそんな鴫にもまさって夜通し身悶えていましたのよ、、。鏡を覗いて「おかしいところはないかしら?まだ来ない。」髪を梳いては「もうすぐいらっしゃるかもしれない」待ちに待って暁の時を迎える。「き」の音が多くて詠み手の苛立ちのようなものを感じます。

    • 山川 信一 より:

      これは大人の恋の歌です。恋歌二に小町の「いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣を返してぞ着る」がありましたね。それを思い出します。体が疼き身悶えする夜もあるでしょう。恋はキレイゴトでは済みません。恋の歌ですから、それを無視するわけにいきません。しかし、和歌ですから、それをいかに優雅に歌うかが問われます。この歌はそれに応えています。
      なるほど、「き」音が多いですね。三十一音のうち五音が「き」音です。さらに、カ行音に広げれば、何と十二音になります。作者のキリキリした「苛立ち」を感じますね。

  2. まりりん より:

    一晩中恋人を待って、体が火照って眠れないまま朝を迎える。来ない人を待つ夜は、さぞ長かったことでしょう。
    道綱の母の 嘆きつつ一人寝る夜のー
    を思い出しました。

    • 山川 信一 より:

      この歌に比べると、道綱の母の歌は精神的な内容ですね。それに対して、この歌や小町の内容は肉体的で、和歌になりにくい。それをどう歌に仕上げるかが腕の見せ所です。

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