題しらす よみ人しらす
あひみねはこひこそまされみなせかはなににふかめておもひそめけむ (760)
相見ねば恋こそまされ水無瀬川何に深めて思ひそめけむ
「題知らず 詠み人知らず
情を交わさないので恋が勝るけれど、水無川のように表に出せない。何だって心を深くかたむけ始めたのだろう。」
「(相見)ねば」の「ね」は、打消の助動詞「ず」の已然形。「ば」は、接続助詞で原因理由を表す。「(恋)こそ」は、係助詞で強調を表し係り結びとして働き文末を已然形にし次の文に逆接で繋げる。「水無瀬川」は、水が伏流となって地下を流れる川。「深めて」は、「水無瀬川」の縁語。「(思ひ)そめけむ」の「そめ」は、「染む」と「初む」の掛詞。「けむ」は、過去推量の助動詞「けむ」の連体形。
あの人と逢うことが無くなってしまった。そのため、恋しさが一層勝ってならない。しかし、水無瀬川のようにそれを表に出すことはできない。それはあの人も同様で、心が少しも見えない。一体何を思っているのやらわからない。私は何に惹かれて深い心であの人を思い始めたのだろう。
秘めねばならない恋をしてしまったことへの後悔である。相手とは今は情を交わすことは無いけれど、顔を合わせる機会はあるのだろう。作者は、相手が何を思っているかがわかれば少しは救われるのにと思っている。
前の歌とは、素材が地名・地形繋がりである。「水無瀬川」は、地名でもあり地形でもある。今の大阪府にあった。相手はその辺りに住んでいたのだろう。また、水の流れが見えないことから心が表に出ないことを暗示している。それは、作者自身の心であり、相手の心でもある。編集者は、この「水無瀬川」の象徴的な使い方を評価したのだろう。
コメント
今となっては逢うことの叶わない人、だから思いばかりが募って焦がれる。この心の渇き、まるであの水無瀬川のよう。川底のまだ下にまで隠した水の流れ。恋い慕う心など無いかのように装っている。見せられない心、それは貴方も同じなのかしら?貴方の気持ちも全く見えない。私に注がれる心の流れが見えず、私の心がどうやって貴方の色に染まったのだったか思い出せないわ、、。あまりに遠くて全く会えないというのも辛いけれど、顔を合わせる機会があるのに眼差しを交わすことすらできない状況、思いを隠さねばならない辛さは物理的に会えないよりも辛いかもしれません。
恋には、会えるけれど、逢えない場合もあるのでしょう。その場合、お互いの心を「水無瀬川」のように隠さねばなりません。自分の心を隠すのもつらいけれど、相手の心が読めないのはもっとつらいかも知れませんね。
この二人、事情がありそうですね。公には出来ない関係なのでしょうか。
恋しい思いは側からは分からないけれど、水瀬川のように深い所をしっかりと流れている。そのことは知る人ぞ知る、そう、あなたは分かって下さっていますよね。。
こういう関係ならば、せめて相手の気持ちが知りたいと思いますよね。ところが、相手は「水無瀬川」(ポーカーフェイス)です。これでは恋が成り立ちませんね。