題しらす 小野小町
あまのすむさとのしるへにあらなくにうらみむとのみひとのいふらむ (727)
海人の住む里の標にあらなくにうらみむとのみ人の言ふらむ
「題知らず 小野小町
私は漁師の住む里の案内人でないのに、なぜ浦を見ようと(恨もうと)ばかり人が言っているのだろう。」
「(あら)なくに」は、接続語で打消の意を伴った詠嘆を表す。「うらみむ」は、「浦見む」と「恨みむ」の掛詞。「む」は、意志の助動詞「む」の終止形。「のみ」は、副助詞で限定を表す。「(言ふ)らむ」は、現在推量の助動詞「らむ」の終止形で疑問を表す。
私は漁師が住む里の案内人じゃありませんよ。それなのに、どうして浦を見ようとばかりあなたは言っているのでしょう。恨もうだなんて、野暮ですよ。恨み言はもうこの辺で終わりにしませんか。
終わった恋にまだ恨み言を言ってくる男にそのつまらなさを告げている。
この歌も前の歌への返歌として読める。恋にも潮時がある。いつまでも恨み言を言うのは野暮というもの。編集として、小町を登場させ、こうしたやり取りを一応これで終わりにしようとしているのだろう。
コメント
恋の行き着く先が矢印が一方通行の「恨む」では何とも心寂しい。前の歌までの双方向の矢印でこそドラマは生まれる。幾つもの布を織りなすように関わってこそ立体的な奥行きのある人生が形作られる。そこでヒロインを登場させ裁定を下す編集の妙。恐れ入りました。
日本語教師とその生徒のやり取りを描いた昔のドラマの中で(すみません、題名が思い出せません)「失恋」を「シツコイ」と生徒が音読していたシーンをふと思い出しました。
読者としてももうこのやり取りに少々嫌気が差して来る頃では?編集者は、それを予想してここで打ち止めにしたのでしょう。恨みが言われるようでは、この関係はお終いですね。
こういうドラマがあったのですか。私は見ていなかったのか、思いつきません。どなたかご存じですか?
仲里依紗さんが日本語学校講師の役で出ていた「日本人の知らない日本語」というドラマでした。15年ほど前の作品。漫画が原作だそうです。映像では見られないかもしれませんが、本だったら探したらあるかもしれません。
ありがとうございます。探してみますね。「失恋」は、確かに「シツコイ」ものですね。次の歌もそれを語っています。
恨み! ちょっと怖いですね。小町だったら、未練がましく追いかけてくる殿方は沢山いた事でしょう。現代だったら、ストーカーに発展しそう。小町は、上手く切りかわしましたね。
相手はまさにストーカー。その愚かしさにどう気づかせるか。歌の腕の見せ所ですね。小町はさすがです。