題しらす よみ人しらす
つきよよしよよしとひとにつけやらはこてふににたりまたすしもあらす (692)
月夜よし夜よしと人に告げやらばこてふに似たり待たずしもあらず
「題知らず 詠み人知らず
月がよい、夜がよいと人に言ってやるなら、来なさいと言うのに似ている。待っていない訳でもないが。」
「(告げやら)ば」は、接続助詞で仮定を表す。「こてふ」は、「来てふ」と「胡蝶」の掛詞。「(似)たり」は、存続の助動詞「たり」の終止形。「(待た)ずしも」の「ず」は、打消の助動詞「ず」の連用形。「しも」は、副助詞で強意を表す。「(あら)ず」は、打消の助動詞「ず」の終止形。
よい月が出て、趣のあるよい夜です。これをあなたに手紙で告げてやったら、逢いに来てくださいと催促していることになるでしょうか。私の心が蝶のように浮かれているみたいに感じられて。とは言っても、待っていないという訳でもないのですけれどね。
作者は、月のきれいな夜なのに訪れもしないばかりか、何も言ってくることもない男に誘いを掛けている。
前の歌とは「月」繋がりではある。ただし、前の歌が恨み言になっている(とは言え、誇張表現がかえってオブラートになってはいる。)のに対して、この歌は思わせぶりである。恋は駆け引きであり、露骨に言えば相手の心が動く訳ではない。この歌はこうした意識がよく表れている。編集者はそれを評価したのだろう。
コメント
歌の字面を見てもまるで胡蝶の舞うが如くふわりふわり、心も捕まえようとしてものらりくらりとかわして。そんな人の恋模様を月は見ているのですね。
まさに良い月夜の晩の恋模様ですね。ひらひらふわふわ、月の光に心は蝶のように漂います。
上手な誘い方ですね。露骨でなく、嫌味でもなく。美しくふんわりと、相手に不誠実を気付かせる。この歌を受け取ったら、慌てて逢いにやって来るかも知れませんね。
同感です。この歌を読んだら、少なくとも返歌したくなりますよね。言い切らないって大事なことですね。