廿七日、おほつよりうらどをさしてこぎいづ。かくあるうちに京にてうまれたりしをんなここゝにてにはかにうせにしかば、このころのいでたちいそぎをみれどなにごともえいはず。京へかへるにをんなこのなきのみぞかなしびこふる。あるひとびともえたへず。このあひだにあるひとのかきていだせるうた、
みやこへとおもふもものゝかなしきはかへらぬひとのあればなりけり
またあるときには、
あるものとわすれつゝなほなきひとをいづらととふぞかなしかりける
といひけるあひだに・・・
この部分に漢字を当てると次のようになる。
廿七日、大津より浦戸をさして漕ぎ出づ。かくあるうちに京にて生まれたりし女子こゝにて俄にうせにしかば、この頃の出立いそぎを見れど何事もえいはず、京へ歸るに女子のなきのみぞ悲しび戀ふる。ある人々もえ堪へず、この間にある人のかきて出せる歌、
都へとおもふもものゝかなしきはかへらぬ人のあればなりけり
又、或時には、
あるものと忘れつゝなほなき人をいづらと問ふぞ悲しかりける
といひける間に・・・
かくあるうちに:一緒に舟に乗る者の中に
いでたちいそぎ:慌ただしい旅支度
なにごともえいはず:旅支度について声を掛けることもできず
あるひとびともえたへず:そこにいる人たちも哀しみを堪えきれずに
あるひと:貫之を暗に示している。
みやこへとおもふもものゝかなしきはかへらぬひとのあればなりけり:都へと帰れると思うのに悲しいのは、帰らない人(=亡くなった子)がいるからなのだ。
あるものとわすれつゝなほなきひとをいづらととふぞかなしかりける:生きているものと思って、亡くなったことを忘れては、なお亡くなった人をどこにいるのと問うことが悲しいことだなあ。
問 この部分は「ある」が多用されている。その理由を説明しなさい。
コメント
二十七日にいよいよ船出した、この事実以外、書かれていることはその日以前にあったことですね、、。
「ある」を多用することでこの話の対象となる人物を特定しないようにしている。読み手がどの立ち位置にも立てて、話の内容に感情移入しやすいように感じました。
「この事実以外、書かれていることはその日以前にあったこと」とあります。亡くなったのは以前のことですが、歌を含めて書かれているのは二十七日当日のことです。
「あるひと」で人物を特定しないように書いているのはその通りです。書き手が「あるひと」では無いように書いているとも言えます。
「読み手がどの立ち位置にも立てて」は、書き手や「あるひと」や周りの人々とかの立場でしょうか?ならば、それはなぜでしょう?もう一歩踏み込んで考えるといいですね。