深草のみかとの御国忌の日よめる 文屋やすひて
くさふかきかすみのたににかけかくしてるひのくれしけふにやはあらぬ (846)
草深き霞の谷に影隠し照る日の暗れし今日にやはあらぬ
「深草の天皇の御命日に詠んだ 文屋康秀
草深い霞の谷に影を隠し照る日が暗くなった今日ではないか。」
「(今日)にやは」の「に」は格助詞で対象を表す。「やは」は、係助詞で疑問を表し係り結びとして文末を連体形にする。「(あら)ぬ」は、助動詞「ず」の連体形。
仁明天皇の御陵のあるここ深草は、その名の通り草深い谷にある。今日は、その谷に霞がかかり、見えるはずの物が姿を隠し、照る日までが暗くなったないか。それは、今日が仁明天皇の御命日であるからだ。仁明天皇は盛りのお年で亡くなり、この深草の地に姿をお隠しになった。そのために照る日までが暗くなった。今日の御命日の天気はまるでそれを象徴しているかのようだ。
天皇の御命日の天候に託して年若くお亡くなりになった天皇を偲んでいる。
前の歌とは天皇の死繋がりである。天皇の死は特別なものである。そのご威光を讃えねばならない。編集者は、この歌をその手本として示す。この歌では、その特別さを天皇の存在が自然と一体になっていることによって表している。一方、この歌は、詞書によって、天候が隠喩でありその真意がわかる仕掛になっている。編集者は、歌の意がそれが詠まれる場面によって限定されることを示している。
コメント
歌だけ読めば、「鬱蒼とした草原、それだけでも見通せないのに更にその向こう側の霞までかかった谷に日が沈んで暗くなってしまった」辺り一面、闇。全てがぼんやりとして行き先の見えない不安に包まれたところで「あぁ、そうだ、今日という日は!」と謎解きされる訳ですね。詞書がそれを裏付ける。帝がお隠れあそばして皆悲しみに暮れ、照る日すらも陰ってしまう。帝は天そのもの、いや、天すらも傅く。導き手を失い我々は暗闇に沈むばかり、と悼んでいるのですね。天と結びつけることでいかに天皇の存在が偉大であったかが伝わります。
天皇は、天を支配するから天皇なのだと言っているかのようですね。御命日でさえもこうなのですからと。天皇の偉大さを表すには有効な表現ですね。